(レポート: 情報発信部会・日本電気株式会社 桑原 千早)
JDMC情報発信部会が、データマネジメントの知見を共有するためにお届けする企画です。今回は「データマネジメント2025」の講演をテーマに、情報発信部会メンバーが特に興味をもったセッションをレポートします。ぜひご一読ください!
[A-3]古野電気が挑む「データの民主化」、その現在地
─部門から全社へと広げる組織カルチャー改革
古野電気株式会社
IT部 部長
峯川 和久 氏
DX とはデータ活用である、そう言い切ったのは古野電機の峯川 和久氏である。古野電気は、魚群探知機など舶用電子機器や同技術を異分野に応用した製品を展開する西宮市を中心とする企業だ。その古野電気に財務課長として入社した峯川氏は従来の IT部門の在り方に疑問を感じ、自ら IT の領域に足を踏み入れて古野電気のデータ民主化を推進してきた異色の経歴の持ち主だ。
では、なぜ DX はデータ活用なのだろうか。ここで、峯川氏は、一橋大学の故:野中教授の SECI モデルに言及した。それによると、企業活動とは、沢山の人が寄って暗黙知を交換し、形式知とすることで新しい価値が生まれ、その価値をもって社会貢献した結果として収益を得るサイクルなのだという。峯川氏は、この考えをデータにも当てはめた。つまり、データが生まれ、誰かが新しいことに気づけば、さらに新しいデータやビジネスが生まれる。このサイクルをいかに回せるかが企業価値に繋がるため、DX とはデータ活用である、と言い切ったのだ。
峯川氏は、このデータ活用を荒野期、開拓期、街づくり期、都市化期、近未来期の 5 ステップに分類した。特に街づくり期は、データ共有と蓄積に意義を感じ始めているものの、社内は CSV が溢れ、Excel の VLOOKUP を使えることが称えられる世界観で、インプットとアウトプットが同じままの、単なる業務効率化から抜け出せていない段階だ。多くの方が、このような光景を目にしたことがあるだろう。これをデータ活用という人々もいるが、峯川氏はこれを否定する。互いのデータを関係づけて、価値あるものを作り出し、またデータから状況を俯瞰的かつタイムリーに分析することで得られる知見から、現場レベルのビジネス行動が変容して初めてデータ活用なのだという (都市化期)。更に、多変量解析などの技術で今まで気づかなかったことに気付けるようになる、また従来人間が「こうではないか」と仮定して進めていたことを AI が代替するようになることで、ビジネス行動の変容が会社全体に拡がっていくのだ (近未来期)。
このような、データ活用のステップを上がっていくには、経営方針・文化の醸成と、IT 部門の実行力・企画力の向上、の双方が必要だ。しかし現実的に、これらが同時に右肩上がりに向上することは難しく、経営主導のトップダウンか、IT 部先導のボトムアップのいずれかのアプローチしかないのだという。古野電機は、後者のボトムアップによるステップアップの道を選び、これを実現するため、IT 部門で、実行力を高める、現場を知る、影響力を高める、の 3 点に取り組んできた。
まず、実行力を高める上で峯川氏が重視したのは、組織文化改革である。かつてとは異なり、今日では生成 AI など若手のほうがベテランよりも技術に長けている状況が当たり前のものとなったが、企業は未だに OJT 中心の文化であり時代に追いつけていない。そのため、自己自律学習の文化に変革していく必要があったという。また実行力向上には、世の中の動向を知る必要があり、社外研修やベンダ提案、PoC に取り組むだけでなく、社内外での講演を通じて自ら積極的に発信する機会を設けることで、知識の言語化、ベンダからの更なる提案の引き出し、社内の Authority 形成を実現したとのことだ。
次に、現場を知るために店所テレワーク制度を始めた。「現場がわからないため提案できない」との相談が IT 部内で上がっていたが、これに対する峯川氏の答えは明快で、「現場を知ればよい」、という答えしかなかった。そのため、各現場の人・実務・志を知るために、IT 部門のメンバを 1 年に 1 回、任意の店所で 1 週間のテレワーク業務に従事させた。そうすることで、普段と異なる環境で新しい気付きを得て自主自律が促される、現場を体感することで、企業としての活動や社会貢献のあり方を理解し、より質の高い提案ができるようになる、現場との新しい人間関係を構築できる、といった変化が見られた。
このように、IT 部門が実行力を向上し、現場を知ったとしても、目の前に立ちふさがる敵は存在する。例えば、Excel など従来の仕組みを維持したい勢力、100%の 保証がないデータは提供したくない保守的な勢力、漠然としたセキュリティ上の懸念を示す勢力だ。このような問題を乗り越えていくには、社内での IT 部門の影響力を高める必要がある。
影響力を高めるために重要なことは、社内に味方を作ることだ。峯川氏は現場と経営層それぞれでの味方作りに取り組んだ。現場に対しては、Web 研修といった全社画一的な方法ではなく、Tableau の活用状況を分析し、見込みのあるメンバを見つけ出して直接アプローチすることで志の熱量がある味方を作り出した。一方、経営層へのアプローチにはスモール・サクセスの積み上げを徹底した。このサクセスとは、単なる業務効率化ではなくビジネス変革のサクセスであり、データ民主化によるビジネス変革は収益獲得に繋がらなければならない。なぜなら、収益を拡大もしくは収益率を向上できない投資には価値がないからだ。
この Viz によって収益拡大が可能になったという世界観を全員が持つことが大事であり、それは結局、経営というより、現場で使えるもの、お客様への提案に使えるもの、で積み上げることが一番良いのだという。
最後に、峯川氏は、再度 SECI モデルに言及し、このスパイラルをどれだけデータの力で早く回転し、それが収益の拡大または収益率の向上にどうつなげられるかが重要であると強調した。そして、最終的に、お金の表出化 (Externalization) をできるのは現場でしかないが、そこに至るまでの仕組み作りやコミュニティ形成などを支援する IT 部門の動きが更に重要になってくると述べて講演を締めくくった。

▼JDMC情報発信部会による、2025レポート
◎古野電気が挑む「データの民主化」、その現在地 ─部門から全社へと広げる組織カルチャー改革
古野電気株式会社 IT部 部長 峯川 和久 氏
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▼ITLeaders 「データマネジメント2025」特集
https://it.impress.co.jp/category/c320102