(レポート: 情報発信部会・日本電気株式会社 竹内 浩明)
JDMC情報発信部会が、データマネジメントの知見を共有するためにお届けする企画です。今回は「データマネジメント2025」の講演をテーマに、情報発信部会メンバーが特に興味をもったセッションをレポートします。ぜひご一読ください!
[E-3]グローバルな製造DXの最前線
─「Factory of the Future」の実現に向けた武田薬品工業の実践
武田薬品工業株式会社
グローバルマニュファクチャリング&サプライ ジャパン
戦略企画部 データサイエンスグループ ヘッド
深川 俊介 氏
「AIのためのデータマネジメントというのは何なのか、何をすべきなのか」
多くの企業がAIによって問題を発見しているが、解決せずに進めている。その結果、その取り組みの半数以上が本番運用に移行できていない——。午前中に行われた[A-2]インフォマティカ・ジャパン株式会社の講演では、この課題に取り組んでいる世界でも屈指のデータとAIの企業の例として、武田薬品工業のグローバル部門が紹介された。
武田薬品は世界80カ国で事業を展開し、約25製造拠点を持つグローバルなバイオ医薬品企業である。本講演では、武田薬品工業のデータサイエンスグループに所属する深川俊介氏が、同社のグローバル全体におけるデジタルトランスフォーメーションの取り組みについて講演した。
デジタルトランスフォーメーションを進める上では、単純にデジタルツールを導入するのみでは不十分であることは周知の事実となっている。このため、武田薬品の製造部門では「Factory of the Future」プログラムを通じて、各国の工場が将来ビジョンに基づいた活動を推進している。
このプログラムは組織、プロセス、デジタル技術の三つの柱から構成されている。組織面ではデジタルリテラシー向上を図っている。デジタルを使う側の現場や間接部門の方々のデジタルリテラシーが高くなければ、良いツールが導入されたとしてもその効果を最大限発揮できないためだ。このためにはトップダウンのアプローチと共に、各工場で自発的にトレーニングセッションを開催して学んでいくようなボトムアップのアプローチも重要となる。例えば、ローコードやBIツールの使い方を現場の人たちが自分の部署で抱えている課題を持ち寄り、学びながらツールを作成するといったアプローチを通じて習得することで、現場にデジタルを使いこなせる人材が必ず数人いるような状態を作り出すことに積極的に取り組んでいる。その他、プロセス面ではデジタルツールと改善活動を連携させて効率化を目指し、デジタル・自動化面ではデータ活用とAIの導入により予測能力の強化を図っている。
この「Factory of the Future」プログラムを進める上でもう一つ重要なのが、イノベーションの創発と、開発したソリューションをグローバルに広く展開していく仕組み作りだ。武田薬品は、このためにデジタルイノベーションフレームワークを採用している。社内に既にソリューションとしてあるものをECサイトのようなイメージで登録し、各工場はビジネス課題にマッチするソリューションが見つかれば、それをカートに入れて購入する。購入後、開発担当者に直接連絡が入り、展開に向けた取り組みが始まる。以前は外部委託していたが、グローバルに複数の拠点に内製開発部隊を配置することで、ソリューションの整備が進んでいる。
このような活動は2021年度頃から本格化した。それ以前は、壁に貼ったグラフに手書きで点を書き込むというアナログな方法で製造パフォーマンスをモニタリングしていた。当時からデータに基づいた改善のマインドセットは根付いていたが、手入力によるデータ収集では更新頻度や粒度に限界があったという。
深川氏のチームはまず、現場の後押しをするために様々なリアルタイムダッシュボードの開発に取り組んだ。部門によっては積極的に関与できない場合もあったが、一方で非常に興味を持たれるような部門もあった。そのような部門とスモールスタートで連携することで、製造実績データのリアルタイムな可視化を実現した。その結果、次に取るべき行動がクリアになり、改善活動が加速した。
リアルタイムモニタリングの事例として、蒸留水タンクの残量や使用状況を監視することで、水の枯渇を防ぎ、蒸留水の無駄な使用を特定できた事例が挙げられた。これにより、水の削減、都市ガス削減に繋がり、設備投資の回避にもつながった。
深川氏のデータサイエンスグループとしてはリアルタイムデータの活用だけでなく、もっと機械学習やシミュレーションに取り組みたいという目標があった。そのため、ここ1年では機械学習モデルを使った予測モデルの開発や、多変量解析等を活用して異常検知といった領域に手を広げ始めているという。
今後の展望として、このようなAIモデルや数値シミュレーションをより多くの製造ラインに展開し、さらに予測型工場に向けた取り組みを強化していく予定だ。これらの技術を現場に実装し、活用してもらうためには、現場の既存のやり方を変える必要もある。深川氏は「すぐに実現できるものではないが、着々と取り組んでいくものだと思っています」と締めくくった。

予測型工場について説明する深川氏
▼JDMC情報発信部会による、2025レポート
◎古野電気が挑む「データの民主化」、その現在地 ─部門から全社へと広げる組織カルチャー改革
古野電気株式会社 IT部 部長 峯川 和久 氏
◎データ活用は内製で! ─イオンリテールの挑戦
イオンリテール株式会社 デジタル戦略部データソリューションチーム マネージャー 今井 賢一 氏
◎グローバルな製造DXの最前線 ─「Factory of the Future」の実現に向けた武田薬品工業の実践
武田薬品工業株式会社 グローバルマニュファクチャリング&サプライ ジャパン
戦略企画部 データサイエンスグループ ヘッド 深川 俊介 氏
◎データで切り拓く!デジタルバンク「みんなの銀行」の競争力を高めるデータマネジメント
株式会社みんなの銀行 / ゼロバンク・デザインファクトリー株式会社
Architecture Division DWH Group グループリーダー 本嶋 大嗣 氏
株式会社NTTデータ バリュー・エンジニア データマネジメント事業本部 部長 田村 英樹 氏
◎金融庁におけるデータ活用の取り組みと金融分野を中心としたデータマネジメントの今後への期待と展望
金融庁 総合政策局 マクロ・データ分析参事官
兼 チーフ・データ・オフィサー 兼 気候変動関連リスクモニタリング室長 宮本 孝男 氏
◎データメッシュと生成AI活用が拓く 東京ガスグループのデータ民主化
東京ガス株式会社 DX推進部 データ活用統括グループ グループマネージャー 笹谷 俊徳 氏
◎データでビジネスを駆動する!リクルートのデータマネジメント活動、これまでとこれから
株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクト開発統括室 データ推進室
SaaS領域データソリューションユニット SaaSデータソリューション部
SaaSデータマネジメントグループ グループマネージャー 林田 祐輝 氏
Data as a Productへ! ─悩みの原因も解決の糸口も「すべての道はマスターに通ず!」
NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社
データ&アナリティクス事業部 エバンジェリスト 水谷 哲 氏
▼ITLeaders 「データマネジメント2025」特集
https://it.impress.co.jp/category/c320102