経営層から現場の業務担当者まで
より幅広い層に向けてデータ活用の基本を紹介
~改訂版「データマネジメント概説書(JDMC版)Ver.2.0」の狙いと見どころは?
日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)の『データマネジメントの基礎と価値』研究会では、2018年5月、データの管理や活用に関する基本知識を体系的に解説した概説書の最新版「データマネジメント概説書(JDMC版)Ver.2.0」を刊行した。 2015年3月に刊行された「Ver. 1.1」は、企業の情報システム担当者をメインの読者に想定していたのに対し、3年ぶりの改訂版となる本書では、事業部門のマネージャーや現場担当者も含んだより広い範囲の対象者へ拡大。「業務におけるデータ活用をどのように行えばよいのか」を基礎から学べる内容に改めたのが大きな特徴だ。本書は、現場での具体的なデータ活用事例集である「データマネジメント・ケーススタディ ボトムアップ編」および「データマネジメント・ケーススタディ トップダウン編」と共に3部作として刊行され、Amazon Kindle版の電子書籍として好評な売れ行きを示している。 そこで今回は、「Ver.2.0」の執筆・編さんにあたったメンバーの代表4名をお招きして、改訂版の位置付けや狙い、注目して欲しい内容について語っていただいた。(※写真はメンバーと記念撮影、NEC三田倶楽部にて)
池田 信威:三菱ケミカルシステム株式会社 共通システム事業部 共通システム3部 課長代理(写真中央)
谷口 直行:日本電気株式会社 ソフトウェアエンジニアリング本部 マネージャー(右3番目)
林 惠美子:富士通株式会社 デジタルソリューション事業本部 シニアディレクター(右2番目)
平井 孝典:日本テラデータ株式会社 シンクビッグ ・アナリティクス本部
ストラテジック・アカウント部 ソリューション・アーキテクト(左2番目)
聞き手(JDMC事務局/情報発信部会)
齋藤 真平:日本電気株式会社 AI プラットフォーム事業部 マネージャー(一番右)
倉田 公史:株式会社日立ソリューションズ IT プラットフォーム事業部
IT ソリューションサービス本部 主任技師(一番左)
(五十音順、敬称略)
情シスの専門家から経営者や業務のマネージャー、担当者へ対象読者を拡大
事務局: まず改訂の狙いですが、前回の「Ver.1.1」が主に企業の情報システム担当者を読者に想定していたのに対し、今回はより広い範囲の事業部門や業務の現場の方に対象を拡げたとお聞きました。
池田: Ver.1.1では対象読者を情報システム部の部長クラスから、その上のCEOやCIOにしており、「ホスト更新や、基幹系システム再構築の際のデータマネジメント(以下、DM)とは?」といったかなり専門的な内容でした。発刊後に記述内容について読者の声を聞いたところ、「情報システム担当者は読めるが、事業部門の人にはちょっと難しい」という声が多くありました。事業部門のマネージャーが経営層にシステムの提案をする際に、「Ver.1.1」の内容をそのまま伝えても理解してもらえないというわけです。ならばその際のリファレンスとして使える内容に改めていこうという狙いがありました。
平井:そこで改訂のコンセプトを、「広くDMに関心を持った人が最初に手に取る本にしよう」、「敷居を低く、間口を広く、誰でも読めるものにしよう」の2点としました。また、現場での使い方についても議論した結果、トップダウンでもボトムアップでもない、「ミドルアップ・ミドルダウン」というのが現実的だとの結論になりました。一方的に経営層から言っても現場へ浸透しないし、現場から上げていくにも経営層が理解してくれなくては難しい。そのため、日本の企業では、中堅の人たちが課題意識を持って上層部を説得し、そのコミットを得た上で、トップダウンで現場に広めていくのが現実的な姿だと考えたのです。その結果、「経営者を直接啓蒙するよりも、中堅層が経営層を説得する材料に使える本」という位置付けが定まりました。
事務局: 「自分たちがビジネスを回していく上で、やはりデータがないと話にならない。だからDMをやろう!」という意欲を持った人たち全員が今回の対象というわけですね。
初めてDMを学ぶ人にもわかり易く、日本の現場に即した実践的な3部作
事務局: この「Ver.2.0」は、そもそも他の「データマネジメント・ケーススタディ ボトムアップ編」と「同 トップダウン編」2冊と併せて「3部作」として刊行されました。その中での位置付けはどうなっていますか。
池田: 「概説書」は基本的な知識の解説=いわゆる教科書的なイメージです。一方「その知識をもとに実際にDMを行うには、どうすればよいか?」といったハウツーや事例は残りの2冊に収めたことで、使い分けを意識しています。「概説書」では、「悩んでいる問題の原因は、実はデータマネジメントにある」という、最も基本的な事実にまず気づいて頂くためにも、基本事項に絞って解説するのを第一に考えました。
林 : 解説書とハウツー(事例)を棲み分ること自体はすでに「Ver.1.1」の時に決めてあって、「概説書」である以上、サクッと読めて必要な知識が身につくボリュームであることを意識しています。 また、データマネジメントを学ぶ人はすぐにDMBOKに目が向きがちですが、DMBOKはあくまで知識体系なので具体的なアクションについては書かれていません。それに対して、「概説書」では日本のエンジニアや業務現場の実情に即した内容で、しかもその知識をもとに何をしたらよいかまでを明確に書こうという意図が3分冊という構成になったのです。
谷口: DMBOKは知識体系がすべて網羅されていますが、すべて読むにはとにかく分量が多いし、初めてDMを学ぶ人が全部を読み通す必要もありません。また、当然ながらベースになっているのが欧米の考え方や仕様なので、日本でDMに取り組むならば、この「概説書」の方が入門書としてはずっと読みやすいし使いやすいと自負しています。
「DMは必要」から「データ活用をするにはDMが必要」へと視点が変化
事務局: 「Ver.1.1」が発刊されたのが2015年3月になります。それから3年の間にDMそのものの考え方やあり方も大きく変わってきています。それが今回の改訂版ではどのように反映されているのでしょうか。
池田: 一言で言うと「Ver.1.1」では「DMが必要です」だったのが、今回の「Ver.2」では「データを活用するためにはDMが必要です」にメッセージが変わってきています。 たとえば「Ver.1.1」では、「データをどう管理するか?」、「データを使うにはデータの精度向上が必要で、それにはクレンジングなどを確実に行うべし」といった原理原則に絞って説明しましたが、時間が経つにつれ「本当にそれだけで良いのか?」と疑問がわいてきたのです。
そのきっかけは、あるコンビニチェーンで「今起きている現象が、DMの観点から見てそんなに正しくなくても構わない」と言われたことでした。彼らのビジネスではスピードが勝負です。つまり、「今週売れたものは来週も売れるから、『今週売れたものが何か』判ればそれで十分。それ以上データに時間はかけられないし、かける必要もない」というわけです。この話を聞いて、「求められるデータの精度もデータの活用方法に依る」のではと気づいたのです。
事務局: 私たち技術者はとにかくデータの精度を最優先に考えがちですが、業務の現場では必要な情報を得られるかどうかが問題です。職種や用途によって求められるデータのレベルや精度も決まっていく。その結果、データの使い方も多様化してきているのですね。
平井: そういう意味ではDM自体より、DMに対する周囲の認知が変わったと考えるべきでしょうね。「Ver.1.1」が出た当時は、まだ「DMって何?」だったのが、このコンビニのような現場での活用経験を通じて、「DMって大事だ」に世の中の見る目が変わってきたという実感があります。
ビジネスの成果を求めるなら、
その背後にあるDMの重要性の気づきと適切な投資が欠かせない
事務局: 少し「概説書」から離れて、DMそのものについて伺いたいと思います。DM活動に取り組む上で、何をもっとも重視するべきだとお考えですか。
平井: 抽象的な言い方ですが、私としては『去年よりは今年、今年よりは来年少しでも良くなったといえるようなDM活動』が理想だと思っています。日々良くなっていくためには、一過性の取り組みではだめです。また、良くなったかどうかを評価するには、その時々の状態を正確にモニタリングする仕組み作りも必要です。
林 : よく経営者の方が「データは第4の資源だ」という言い方をされるのですが、その資源を活用するには投資が必要だという認識を、しっかりと持っていただきたいと思っています。というのも、データというリソースを常に良い状態で維持するには、相応のコストが欠かせないからです。それなくして、ビジネスの求めるアウトカムを期待することは難しい。これからDMに取り組もうとする経営者には、適正なコスト=「正しくお金をかける」という視点が不可欠です。
事務局: たしかに経営者の方に「DMとはこういう取り組みで、これが必要です」と説明しても、「意義はわかるけど、うちはそこまでやらないよね」的な反応をもらうことが少なくありません。そうした理解と実践のギャップを埋めてDMを浸透させるには、どんなことが必要でしょう。
池田: そこがまさに今回の「Ver.2.0」の狙いでもあります。ビジネスでデータを活用しようという人たちの間では、とかく結果だけがクローズアップされがちです。でも、それには裏側のDMをきっちりやらなくてはだめですよね。上の人からすると「コード体系を8桁から10桁に変えるのなんか簡単だろう」となりますが、そのデータを変えるという1つの処理の背後にある仕組みや、誰がその作業を担当するのかといった業務の流れまで見通していかないと継続的な取り組みにならないし、肝心のアウトカムにつながらない。それを経営者やマネージャーに、本書を通じて少しでも理解してもらいたかったのです。
構成要素の選定や人材育成は、現場での実践も含めた解決課題として認識
事務局: DMを導入するにしても、「Ver.2.0」で説明している構成要素とそれに対するインプット/アウトプットがさまざまに定義されています。これらをすべて企業で採り入れるにはコストも時間も非常にかかります。実際にどこまでやればよいのか、またどこから手をつけるのがよいかといった現実解についてどうお考えですか。
平井: そこまで今回の改訂では触れていないので、次の課題になるのかもしれません。ただ、構成要素をすべて実践する必要はなく、取り組む企業や業態によって何を優先的に行うかは個別に判断すべきです。その参考としては、三部作の「データマネジメント・ケーススタディ」2冊が挙げられますが、将来的には「概説書」でも典型的なパターン例として紹介できたらという思いはあります。
事務局: データそのものの知識や扱いの一方で、人材をどう育てるかという課題もあります。こちらについてはどうでしょう。
谷口: 人材の問題は構成要素の中でも大きいのですが、今回はあえて改訂の内容から外しています。人材育成は具体的な方法も含め非常に難しい要素が多く、限られた誌面で拙速に語ってしまうのはむしろ良くないという判断でした。いろいろな企業でDM担当者の話を聞いて、人材を育てるのは非常に大変なことが解っていましたし、そこは本で読んでおしまいではなく、もっと大きな枠組みの中で実践も含めながら、皆さんと一緒に考えていく必要があると思っています。
DMに関心を持つ仲間と思う存分語り合えるJDMCにぜひご参加を!
事務局: 締めくくりに、これからDMを始めたいと考えている方に向けて、『データマネジメントの基礎と価値』研究会の皆さんから一言メッセージをお願いします。
池田: JDMC会員の皆さんが口をそろえるのは、なんと言っても毎年3月のカンファレンスの事例発表がいいということです。朝8時から夜6時まで、全部で12枠もあるプログラムを、しかも無料で聞けるのは大きな魅力です。「概説書」で勉強するのも大切ですが、他の企業が今どんなことをやって、どんな成果を挙げているかを当事者の生の声で知ることは、自社の課題解決の参考になるだけでなく、自分自身の意識を変えるのに大いに刺激になるので、ぜひ参加してみてください。
林 : 私の参加している研究会でも、初めて参加された方はそうした意識向上の期待を抱かれているのが強く伝わってきます。私たちは長年活動してきて、これが当たり前と無意識に思ってしまっている部分もあるので、新しく加わった方々からどんどん期待や要望、意見をもらって、触発していただけたらと期待しています。
谷口: 会社の仕事だけに限らず、ちょっとした気づきや悩み事があれば、データを扱うのに熟練したメンバーが大勢いるので、気軽に楽しく相談できたりヒントをもらえるのがJDMCのいいところです。年間を通じていろいろなイベントを行っていますし、先輩や同世代の方も大勢いるので、DMの世界を知るにはとても入りやすい場です。とにかく一度来て、話をしてみて欲しいですね。
平井: 一般の企業ではDMに興味を持つような人は珍しく(笑)、なかなか周りと話が合わずに悩んでいる方も少なくないと思います。そういう方はぜひJDMCに来て、私たちと思う存分語り合ってください。きっと「こんなにDMの話ができる仲間がいるんだ!」と感動してもらえると思います。
事務局: 新しい仲間が加わって、DM活動が盛り上がっていくことを願っています。本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。