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レポート

(報告)データマネジメント2021:[A-6] 顧客データ基盤の進化とデータ活用~仕組みを育てるプロセスと施策

(レポート: 情報発信部会NEC齋藤真平)

[A-6] 顧客データ基盤の進化とデータ活用~仕組みを育てるプロセスと施策
全日本空輸株式会社
業務プロセス改革室 イノベーション推進部 部長
野村 泰一 氏

 

「65点でも早く動くことで見える景色や感じられる景色がある。」

入社4年目にIT部門に異動して以来、2011年に転籍するまで情シス畑を歩いてきた。これまでのIT組織の例に違わずANAのIT部門も「言われた要件に沿ったシステムを作り維持管理すること」に徹していたという。ともするとそんな伝統を受け継ぐ立場になっていたかもしれない野村氏ではあるが、2016年にANAに再入社し、気持ちも新たに「IT部門こそイノベーションの対象である」としてANAの業務改革を牽引してきた。

本講演ではANAのデータ基盤とそれを動かす社内の仕組みについて、野村氏の人柄がうかがえる軽妙な語り口が披露された。

まず冒頭で、従来のデータの使い方について問題点を明快に指摘する。データもシステムも出発点は業務の効率化であり、スタッフのために作られた。後にスタッフ用の仕組みを顧客向けのチャネル展開にも利用することになるが、あくまでコスト効果を想定したもので、その観点でのPDCAしか回せていない。

この場合に業務効率化に必要とされないデータは蓄積されないし、PDCAのサイクルにも入らないため、関心のない顧客のデータは捨てられることになる。

以前のIT部門では開発とインフラ整備がミッションであり、データは業務部門の所有物との意識があり、新たなデータを自ら探しに行く、といった行為は全く見受けられなかったという。

そこで野村氏が最初に取組んだことはマインドセットの改革だ。失敗をおそれずイノベーションを起こしていく土壌を作るところから始めた。剣豪宮本武蔵にあやかって、イノベーションを起こすための行動指針を”五輪の書”としてメンバーと共有した。

従来のIT部門では机上で完成度を高めてからやっと動くという具合であったが、「机上の90点は実際の90点ではない」と言い、冒頭の「65点でも早く動くことで見える景色や感じられる景色がある」という言葉につながっていく。さらに、言葉だけでは十分ではなく、行動を促すために人事評価でも、完成度は低いが早く行動した人間を高く評価していると明言する。

さらに続けて「QCDを重視するとテクノロジーが空洞化する」と看破する。IT分野でQCDを突き詰めると役割分担を明確にし、単価の安い専門業者に外注することになるが、それでは社内でのデータ活用が広まらないし、スキルやノウハウが蓄積されていかない。

ANAではイノベーションハニカムと銘打って、自分の担当領域を拡げ、隣接する分野への横展開、つまり従来の御用聞きITでは手にできなかった新しい領域・データに進出し、ビジネスそのものをデザインしていくことが奨励されている。

その発想はITシステム作りにも色濃く反映されている。従来のシステムでは将来必要となる全ての機能を想定して重厚長大なものを作っていたが、新しいデータ基盤では自身のその時抱える案件に合わせるように、細かい単位で機能を追加・削除できるようになっている。いわゆるマイクロサービス型のコンポーネントを脱着することで、柔軟にそのかたちを変えていくことができるのだという。

開発も最初は軽く「まずは作ってみる」ところから始め、徐々にチューニングしていくアジャイル方式をとっている。ストリーミングエンジンというリアルタイムのデータを使って自動的にアクションできる仕組みを例に挙げ、様々なことを試しながら成果につなげていくスタイルが望ましいと改めて強調する。

一旦これらの取込みが実を結び始めると、社内の歯車がかみ合い、回り始めた。要件を待つばかりだったIT部門は自ら案件を拾いにいき、そこで得られた情報・データをつかって、隣接する分野をどうデザインしていくのかを考えるようになったという。「ここをこうしたらもっと便利なんじゃないか、まずやってみよう」と始めてみる。新しいことをして役に立つと人から感謝される、場合によっては表彰されることもあるし、社外の友達も増えることがある。

時として古いやりかたに固執する人との間に摩擦が生まれることもあるが、それこそがイノベーションが進んでいることの証だと、野村氏は誇らしく語る。

順調に回り始めたANAのITデータ基盤とそれを利用する社内プロセスだが、将来に向けて課題がないわけではない。最大の課題は人財を育てること。従来のITに必要なプログラミングやインフラ管理ではない、新しいタイプの人財が必要なのだ。野村氏が講義の中で繰り返し用いた「デザイン」という作業を体現するデザイナーが足りていない。システムではなくプロセスをデザインする人財を増やしていくことが必須条件であり、様々なワークショップや若手管理職を対象としたデザイナー養成のプログラムを始めたところだという。

ANA内にある様々な課題に対して、当該部門だけでなくIT部門が能動的にかかわることで、今この瞬間にも想定外の進化が現れ、思いもよらぬ成果が得られているかもしれない。野村氏が始めたANAのITイノベーションはこの先どのようにデザインされていくのであろうか。

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