日本データマネージメント・コンソーシアム

会員コラム

【Vol.115】バリューチェーンプロセス協議会・垣見 祐二さん、VUCAの時代に「不確実性のマネジメント」を考える

JDMC会員による「リレーコラム」。
メンバーの皆さんそれぞれの経験・知見・想いをリレー形式でつなげていきます。
今回、バトンを受け取ったのは、バリューチェーンプロセス協議会・垣見 祐二さんです。


2023年にJDMCに参画しました、バリューチェーンプロセス協議会(VCPC:Value-Chain Process Council)理事の垣見です。

「データマネジメント」との関わりは、今から20年ほど前に遡ります。当時、筆者は中部電力で、電力業界初のサプライチェーン改革活動(調達SCM)の事務局長を務めておりました。

この取り組みの改革施策の中で、CSM(Component Supplier Management)がありました。CSMは調達におけるデータマネジメントをコアにした、調達コスト改革施策で、有効性が高い一方、データ整備に非常に苦労しながら活動を推進した思い出があります(*1)。

調達SCMの後は、筆者の業務が経営寄りになったため、データマネジメントの実務分野から離れて久しいですが、今回、改めて当時を懐かしく思い出しています。ここではVCPCにおいて、「改革プロジェクトマネジメント」という名のワーキンググループで研究している「不確実性のマネジメント」についてのお話をします。

未来は予測できるか──エネルギー業界での経験から

筆者が長らく属した資源エネルギー業界において、2000年以降のこの四半世紀をみても、予想できなかったことが次々と起こり、そのため、会社の経営計画を根本から見直さざるを得ない事態に何度も見舞われました。

例えば、2005年頃からの米国シェール革命、2011年の福島原発事故、そして近年のウクライナ戦争。どれもが世界のエネルギー情勢を根本から揺るがす大事件でした。20年という短期間にこんな大事件が3回も起こり、しかも事前に誰もが予想できなかった出来事でした。

私自身、未来は誰にも分からないことは理解していましたが、とはいっても、ある程度、確率の高い未来は描けるのでは信じていました。しかしながら、こうした経験を経て、基本的に未来は不確実であり、予測できないことが「常態」であると考えるようになりました(*2)。

もともとこのワーキンググループは、10年以上前、サプライチェーンマネジメントを普及・研究する団体において、トヨタ方式を中心に、改善・改革プロジェクトについて研究することを目的に発足しました。

標準(Standard)やあるべき姿(To Be)が容易に分かり、しっかりとした計画(Plan)が描ける場合には、現状(As Is)とのギャップを克服するため、PDCAサイクルを回すというマネジメントが大変有効です。しかしながら、世の中には計画がうまく描けない領域が数多くあり、そうした場合には、PDCAサイクルによるマネジメントそのものが機能しないのではと、次第に考えるようになりました。

現代は、将来の予測が困難な「VUCA」の時代です。世界情勢の変化や、AIなどテクノロジーの急速な進展でビジネス環境は大きく変化しており、物事の不確実性が高く、急激な変化が起こる時代になっているというわけです。そのため、近年、研究会ではこうした不確実性が高い時代において、先端的な企業はどのようなマネジメントをしているのか、についての事例調査をし始めました。

「シナリオプラニング」と「リアルオプション」

そうした調査の中で、現在着目している2つの事例を紹介します。

ひとつは、オイルメジャーズのシェル社の事例です。同社では、将来の事業環境について、可能性の範囲は予測できるが、主なシナリオが描けないと考えています。そのため「シナリオプランニング」という経営手法を開発し、同程度の確率で生ずる複数のシナリオを設定し、これを前提に経営戦略を立てることで、会社経営に活かしています(*3)。

もうひとつは、GAFAの一角を占めるグーグル社の事例です。同社では、将来の事業環境については、可能性の範囲も方向もまったく描けないと考えています。そのため「リアルオプション」の考え方にもとづく、多くの「実験」を高速で繰り返すことで、価値あるプロダクトを開発することに焦点を当てた経営を展開しています(*4)。

両社は不確実性に対するマネジメント事例として、大変参考になります。現在は、この2つのマネジメントについて詳しく検討するとともに、置かれたビジネス環境の違いや、直面する不確実性の程度に応じたマネジメント手法の適用などについて研究中です。

ビッグデータ分析・AI活用と不確実性

最後に、近年急速に進展しているビッグデータ分析やAI活用との関連について触れておきます。一言で不確実性と行っても、不確実性にはいくつかのレベルがあるように思います。(例:不確実性の4種類/H・コトニー*5)

不確実性はあるものの、その程度が比較的限定的で、多くの予測可能な領域も存在します。適切な目標や確実な計画が立てられる領域です。

例えば、本稿の冒頭で触れた調達SCMですが、当時は「ビッグデータ」という概念そのものがありませんでしたが、施策の中に、電力設備ネットワークを構成する設備・機器についての、数十年にわたる異常・トラブルデータ分析に基づき、将来の異常・トラブル予測を行い、当該ネットワークの保守体制全体を最適化した例がありました。先々の見通しも5年程度であり、電力設備ネットワークのハード・ソフト、および保守技術の変化が大きくないという見込みの上で立てた施策でした。

これは、コトニーのいう不確実性分類で「レベル1:確実に見通せる未来」に該当していたと思います。製造業や建設業でも、現場で発生する膨大なデータをAIで分析し、最適オペレーションに向け制御することで、大きな生産性改善を果たしている例が見られます(*6)。この例のように、建設現場や工場・オフィス等のO&M領域における生産性向上や改善、あるいは人口予測などについては、ビッグデータ分析やAI活用は大いに期待できます。

一方で、エネルギー業界のように国際関係が大きく影響する領域、あるいは、IT業界のような技術革新が急速に進んでいる領域では、不確実性の影響があまりにも大きいと考えられます。ビッグデータ分析やAI活用により、予測可能な領域が広がることも考えられますが、ほとんどの部分は予測不可能な不確実性の領域として残りそうです。

ビッグデータ分析やAI活用については、今後さらに大きな進歩が考えられますが、その適用については、当面は、不確実性の比較的小さな領域から始めるなど、不確実性の程度に応じたマネジメントの工夫が求めると考えます。皆さんはどう思いますか。


垣見 祐二(かきみ ゆうじ)
バリューチェーンプロセス協議会
理事

中部電力専務、JERA初代社長を経て、現在、和歌山大学経済学研究科客員教授。会社では資機材調達、新規事業開発、資源燃料調達、国際事業等の幅広い分野を経験。現在、大学でエネルギー市場論などを講義・研究。

*1. 『クオリティマネジメント Oct.2010 Vol.61 No.10「電気事業の調達改革」』垣見・久野・阿部(日本科学技術連盟)
*2. 『「不確実性」超入門』田渕直也(日経ビジネス文庫)
*3 『シェルに学んだシナリオプランニングの奥義』角和昌浩(日経BP日本経済新聞出版)
*4. 『How Google Works』エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ(日本経済出版社)
*5.『世界標準の経営理論』入山章栄(ダイヤモンド社)
*6.『Society5.0データ利活用の事例集』経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 等

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