JDMC会員による「リレーコラム」。
メンバーの皆さんそれぞれの経験・知見・想いをリレー形式でつなげていきます。
今回、バトンを受け取ったのは、NTTコミュニケーションズ株式会社 大山 拓さんです。
NTTコミュニケーションズの大山と申します。本日は、NTTにおけるデータ活用において「データサンドボックス」と名付けた、データ活用「以前」に実施する、通常とは逆方向の実験的な取り組みをご紹介したいと思います。
NTTは現在、自社のデジタルトランスフォーメーションに向けた取り組みとして、ID/コードの標準化、社内の業務プロセスの標準化、データ管理の標準化を進めています。その中で、NTTコミュニケーションズを含むNTTグループ内の共通系システム(財務、調達、決裁などのシステム)の大規模な更改プロジェクトが進行しており、この検討段階でデータサンドボックスという手法を活用しました。
後から後悔しないために、システムの設計段階でデータ活用の観点を
NTTにおけるこれまでのデータ活用は、運用中のシステムがある上で、そこからデータを抽出し「さあ、このデータをどう分析しよう」という問いから検討が始まっていました。
この、いわば【システム→データ→分析】という方法は、既に存在するデータを扱うためスモールスタートが可能な一方、ある程度検討が進むと往々にして、「欲しいデータ項目がシステムにない」「AシステムとBシステムで使っているコードが異なる(マッピングが難しい、あるいは不可能)」など、システムの設計上の課題に突き当たります。
システムの開発者はどうしてもシステムや業務のプロセスが正しく動作することを重視するので、データ分析の観点は考慮しきれないことが多く、結果的に後から課題が明らかになりがちです。その中でもできることに取り組むという意義はあるのですが、今回のシステム刷新に当たっては「同じことを繰り返したくない、根本的に改善したい」という思いがありました。
そこで試みたのが、従来とは逆方向のアプローチです。【分析→データ→システム】という方向、つまり、システムの設計段階でデータ分析の視点を盛り込めないか、というのがこの発想のポイントです。
具体的には、新システムの事前検討・要件整理の段階で、それらを模擬した簡易なモックアップ「データサンドボックス」を、ローコード製品を使って先に作ってしまいました。このモックアップはごく簡易な作りですが、実際のマスタやコードを使って、トランザクションデータを生成できます。
例えば、調達購買プロセスを模擬したモックでは、仮想調達システムで購入申請を作成し、仮想決裁システムで承認、最終的には支払情報を仮想財務システムにまで届かせます。そして、この生成させたトランザクションをデータレイクに蓄積し、マスタデータと組み合わせて加工をして、BIツールでダッシュボード画面を作ります。
こうしてできたダッシュボードを見ながら、どんなデータ分析が必要かを議論して【分析】、そのためには、どんなデータ項目が必要だったのかを確認し【データ】、検討結果をシステムにフィードバックしました【システム】。以下に例を示しましょう。
例1:
【分析】調達データの分析で、品目の単価分布や、カテゴリごとの調達状況が分かるようにしたい
【データ】注文書トランザクションに品目コードを含め、品目マスタに分析用の属性を持たせる構造が必要
【システム】以上の仕様を調達システムと共通マスタの要件定義に反映
例2:
【分析】調達、決裁、財務のシステムをまたいで、個々の案件の進捗状況を確認したり、承認済みの金額を超過していないか確認したりしたい
【データ】購入申請、決裁文書、注文書、支払情報、仕訳明細の各トランザクションを案件単位で横串を刺すキー(決裁番号)と、個々の伝票レベルで前後関係を追えるキーを保持する必要がある
【システム】以上の仕様を調達、決裁、財務各システムの要件定義に反映
たとえ簡素なモックアップでも、「動く画面」は説得力が全く違う
現在のところ、データサンドボックスの取り組みは非常に効果的だと考えています。
最もうまくいった点は、優先順位の高い課題としてデータ活用に取り組むことを、関係者間で共有できたことです。技術的には全く高度なことではないですし、極端な話、本当はモックアップやダッシュボードまで作らずとも、各システムの設計情報を集めれば、机上検討できる情報は揃います。
しかし、やはり実際に動くデータ入力画面やダッシュボード画面が作られると、関係者の注目レベルはグッと高まります。
最近はブロガーよりYouTuberの時代です。文章で説明する記事より、レビュー動画など動きがあるコンテンツの方が圧倒的に人気ですよね。残念ながらこの場合はYouTubeやTikTokで動画を公開するわけにはいきませんから、私をはじめとするチームメンバーがデータサンドボックスを使ってあちこちでデモを何度も行いました。
デモを繰り返し「新システムの導入後には、こういうダッシュボードでデータ活用をしていくんだ」というイメージをシステム担当・業務担当を横断して共有できたことが、プロジェクトの推進力になったと思います。まだ、システム自体が影も形も存在しないうちから、目指す分析ダッシュボードが仮想とはいえ存在しているというのは、我々にとっては画期的でした。
その反面、苦労したことも……というより、実は現在進行形で苦労しています。
データサンドボックスの営みは、個々のシステム導入プロジェクト(財務システムのプロジェクト、調達システムのプロジェクト……)を横断して行う必要があるため、独立した特命チームのような形で取り組みました。
これは検討の初期にはフットワークの軽さにつながり、メリットが大きかったと思っていますが、各プロジェクトが詳細な設計・製造に入っていくと、小さなチームがその全てを追いきるのは不可能でした。
既にデータサンドボックスで検証して決めた方針が、細かな実装で守られていないという事象をいくつか発見し、対処を講じたり、水平展開で追加のチェックを行ったりしています。決めた方針を細部まで行き渡らせるのにはさらなる工夫が必要そうです。この点は、各システムの利用開始後に改めて振り返り、次につなげたいと考えています。
以上、簡単ですがデータサンドボックスの取り組みのご紹介でした。文章で説明するよりも実際にモノを見ていただいた方が分かりやすいので、ぜひ今後、JDMC会員の皆さまにご紹介できる機会を作りたいです。そして、システム開発とデータ活用について、同じような苦労や知見をお持ちの皆さまと情報交換ができればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
大山 拓(おおやま たく)
NTTコミュニケーションズ株式会社
デジタル改革推進部 DX戦略部門
日本電信電話株式会社 技術企画部門IT推進において、DX推進、データガバナンス推進を担当したのち、2022年より現職。NTTグループおよびNTTコミュニケーションズにおけるマスタデータ管理、データ流通の標準化、データ分析基盤の整備を推進。