JDMC情報発信部会

(左から)
大阪ガス株式会社 DX企画部 AI推進チーム 兼 ビジネスアナリシスセンター 長瀬 柊哉氏
同 DX企画部 AI推進チーム兼ビジネスアナリシスセンター 副課長 國政 秀太郎氏
同 DX企画部 ビジネスアナリシスセンター 所長 岡村 智仁氏
同 DX企画部 AI推進チーム 兼 ビジネスアナリシスセンター 副課長 高木 大輝氏
同 DX企画部 AI推進チーム 兼 ビジネスアナリシスセンター 係長 藤原 孝浩氏
2014年に創設されたJDMC(日本データマネジメント・コンソーシアム)主催の「データマネジメント賞」で、第1回の大賞に選ばれた企業の1社が大阪ガスだった。1990年代後半に立ち上げたデータ分析の専門組織と、2010年に稼働させた全社データ活用基盤「DUSH(Data Utilization Support & Help)」の運営が評価された受賞である。それから12年、同社は2026年6月にAI駆動開発基盤「WAAAP(Whole AI Agentic Automated Platform=ワープ)」の構築を発表した。受賞は社内に何をもたらし、データ活用の重心はどこへ移ったのか。ビジネスアナリシスセンター(BAC)のメンバーに聞いた。
(聞き手:JDMC表彰部会 堀野)
研究所からIT部門へ──評価軸は「技術の高さ」より「事業課題を解くこと」
──2014年の受賞当時、データ分析の専門組織は社内でどのような位置付けだったのでしょうか。
岡村:私が入社したのは2001年ですが、それ以前、おそらく1990年代後半から、いまのビジネスアナリシスセンターの前身にあたるデータ分析の専門組織が社内にありました。当時はR&D、つまり研究所の中の一組織です。隣ではエンジン開発や材料開発といった「ザ・研究」をやっている。その横で、データや情報を使って社内の業務を効率化できないかを、研究のアプローチで探っていました。2000年代前半まではその形です。
──途中で組織ごとIT部門へ移られたそうですね。何が変わりましたか。
岡村:2006年に、研究所から当時の情報通信部へ組織ごと異動しました。研究所にいると、どうしても「日本初」「世界最高のアルゴリズム」といった技術視点で物事を捉えがちになりますが、IT部門に移ってからは、技術の高さよりも「ビジネスの課題を解決すること」に主軸を置くようになりました。以来ずっとやってきたのは、「事業課題と分析をつなぐ」ことです。
──受賞では、その何が評価されたと受け止めていますか。
岡村:高度な分析技術そのものというより、データ分析を事業会社の業務に根付かせて、実際の事業貢献につなげる仕組みを作っていた点だと認識しています。当時の上司だった河本薫先生(現・滋賀大学データサイエンス学部教授)が「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞した直後のタイミングでもありました。そこを研ぎ澄ませながら、全社BI基盤のDUSHや、2020年ごろからのIoTデータの整備を進めてきたのがこの十数年です。
知る人ぞ知る「個人商店」から、社内の相談が向こうから来る組織へ
──賞を受けたあと、社内の反応はいかがでしたか。
岡村:河本氏の受賞やIT賞の受賞も重なった時期でしたので、この賞単体というより一連の表彰も含めての話になります。それまで、事業会社におけるデータ活用の業務は正直あまり注目されていませんでしたし、社内でも知る人ぞ知る存在でした。そこにスポットライトを当てていただいたことで、社内の認知が一気に広がった。私たちにとって非常に大きな追い風でした。
──組織の動き方も変わりましたか。
岡村:当時は10人にも満たない小さな組織で、一人ひとりが分析も社内営業もやる「個人商店」のようなスタイルでした。自分たちで社内を回って提案し、案件を取ってくる。当然、知り得る範囲、行ける組織には限界があります。受賞後は逆に、社内から「そんなことをやっているのか」「こんなことはできないか」と問い合わせや相談が来るようになりました。
──提案型のスタイル自体は、いまも軸に置かれているのでしょうか。
岡村:受け身でやるだけでは、データの価値を最大限には発揮できません。「データを活用することでこのようなことが実現できるのではないか?」と提案していくスタイルを軸にしつつ、社内からの相談をきっかけに新しいテーマを開拓していく。その流れができたと感じています。
知る人だけが使うBIから、全社員が触れる基盤「DUSH」へ
──DUSHはどのような課題感から始まったのですか。
岡村: DUSHを構築した2010年の少し前から「BI(ビジネスインテリジェンス)」という言葉が注目されていました。もともと弊社には比較的古くからデータを活用する文化があり、1990年代から一部の組織でデータ抽出ツールが利用されていました。しかし全社的に見ると、データが必要になった都度、業務システムの管理組織の承認を得た上で、システムの維持管理技術者にデータマートを個別に開発・提供してもらうケースが多く、生産性に課題がありました。また、システムやテーブルをまたぐデータの活用が一般社員には難しく、データ活用の幅が拡がり難いという問題意識もありました。そこで、活用したいデータを社内で1か所に集約し、BIツールとしてBusinessObjectsに一本化して2010年に稼働させたのがDUSHです。
──DUSHの稼働後、社内への広がりはスムーズでしたか。
岡村:現場では定型業務の集計をそれぞれ独自にやっていましたので、それをDUSH上に集約・移行する形をとりました。弊社はもともとボトムアップの企業文化が強く、担当者が施策を考えて上に提案していくのが基本です。データを根拠に施策を作りたいという潜在的なニーズは、現場に強くありました。そこで、ユーザーにはBusinessObjectsの使い方のトレーニングを提供しました。また、業務システムの維持管理技術者には、従来のやり方でデータマートの開発依頼が来てもDUSHの利用を案内するように徹底し、DUSHで個別案件を開発するガイドラインを提供しました。そのようなこともあって、比較的スムーズに全社へ広がっていったと思います。
「思考から実装までワープする」WAAAP──現場が自らアプリを作る段階へ
──2026年6月に発表されたAI駆動開発基盤「WAAAP」は、印象的な名前です。由来を教えてください。
長瀬:正式名称は「Whole AI Agentic Automated Platform」です。PRや社外発信も見据えて名前を検討したとき、社内で300〜400個ほど案を出しました。その中から、直感的にわかりやすく、かつ思いが伝わるものとしてWAAAPを選んでいます。「アイデアが出たら、明日には動くものができている」、思考から実装まで文字通りワープするような世界観を実現したい、という思いを込めました。
──社内ではどのような形で使われているのでしょうか。
國政:元々大阪ガスでは、D1グランプリなどでGeminiやCopilotの活用コンテストを開いて現場に近い社員も積極的に参加してくれるような素地がありました。一方で、AIを単なるツールではなく、業務システムの開発プロセス自体にAIを組み込むことでさらにDXが加速すると考えたのがWAAAPです。WAAAPではEnergyBrainなどに代表されるミッションクリティカルな商用システムの開発にも活用されています。
──実サービスへの展開も進んでいますね。
長瀬:たとえば遠隔AIエネルギーマネジメントシステム「EnergyBrain」がWAAAPを使って開発したものです。給湯器やエネファームといったIoT機器から集まる大容量のリアルタイムデータを使い、エネルギー需要の予測と設備の自動制御を行っています。家庭用のエネファームですと、急な使用量の増減も、リアルタイムでデータを補正しながら、1分単位で最適な運転計画を計算して制御する。それなりに高度な処理をクラウド上でやっています。
「免許を持った人が運転する」ガバナンスと、次に整えるデータの意味
──全社に広げるうえで、人材育成やガバナンスはどう設計されていますか。
髙木:推進と管理の両輪で進めています。DUSHの時代からTableauなどの講習会や統計の基礎教育をやっていて、累計で千名近い社員が受講してきました。AI活用については、WAAAPのような開発基盤を使うにあたって「ここまで理解していないと使えない」という学習ロードマップを用意しています。車でいえば「免許を持った人が運転する」という形でガバナンスを効かせるために、必要なコンテンツをクリアすると機能のロックが解除されて実際にアプリ開発ができるようになる、というゲーム感覚の仕組みも取り入れました。
──いま課題として見えているのは何でしょうか。
岡村:「データの意味、つまりコンテキストや業務文脈の整備」です。DUSHやWAAAPでデータの集約とAI基盤の整備は進みましたが、「このデータが具体的に何を意味し、どの業務でどう使えるか」というナレッジやメタデータは、まだ十分に構造化できていません。ベテラン社員が培ってきたノウハウや暗黙知を、いかに形式知にして、AIが読み取れる形に組み込んでいくか。そこがAI時代の新しいデータマネジメントの鍵になると考えています。
藤原:データの意味やナレッジも、時代とともに陳腐化します。ですからAI自身を使って、業務システムの設計書からメタデータを自動生成・維持するような仕組みづくりを検討しています。データマネジメントとAI活用はまさに表裏一体です。全社員が意識しなくても正しいデータと知見が巡り、AIが業務を高度に支援できる環境を目指して、インフラとガバナンスの両面から進化させていきたいですね。
──最後に、河本薫氏との仕事で印象に残っていることを伺えますか。
岡村:河本先生と一緒にやっていた2008〜2010年ごろ、「これからは数理最適化の時代だ」と彼が言い出しまして(笑)。私を含めて3人ほどのメンバーで、「数理最適化で何ができるか」と社内の課題を探しては解く、ということをやっていました。その一つが製造所のタンク繰り計画、つまりLNGタンクの受け入れ・払い出し計画策定の自動化です。制約条件が非常に複雑、且つ、膨大で、数学的アプローチだけではまったく解けず、何度か頓挫しかけました。最終的に「人間の経験や考え方のパターン」と「数学的アプローチ」を組み合わせたハイブリッドな方法にたどり着いて、十数年越しに実用化までこぎつけています。苦しい局面もありましたが、絶対に成功させようと情熱を持って取り組んだあの成功体験が、今取り組んでいるLNG-電力バリューチェーンの価値最大化に向けたモデル・システム開発に繋がっています。

後列はJDMC表彰部会の堀野。
前列左から、長瀬氏、國政氏、岡村氏、髙木氏、藤原氏
※データマネジメント賞について
一般社団法人 日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)では、データマネジメントにおいて、他の模範となる優れた活動を実践している企業・機関などを選定し表彰しています。2014年から実施しており、本活動を通じて、データマネジメントを実践する人や組織の活性化を促進し、日本企業・組織の競争力強化に寄与することを目指しています。
JDMC データマネジメント賞