日本データマネージメント・コンソーシアム

レポート

「データ基盤賞」受賞から10年のIHI、データ整備と生成AI活用の両立に挑む

JDMC情報発信部会

株式会社IHI 高度情報マネジメント統括本部 AI変革推進部 データアナリティクスグループ グループ長 鈴木由宇氏
聞き手:JDMC 表彰部会リーダー 堀野史郎氏

JDMC(日本データマネジメント・コンソーシアム)主催の「データマネジメント賞」は2014年に創設された。過去の受賞企業を訪ね、当時の取り組みと受賞後の変化を聞くシリーズインタビュー。今回は2016年に「データ基盤賞」を受賞したIHIの鈴木由宇氏(高度情報マネジメント統括本部 AI変革推進部 データアナリティクスグループ グループ長)を訪ねた。

受賞理由は、製品の予防保全に向けて機器の状態をリアルタイムに監視・分析するデータ基盤を、Apache HadoopやApache Sparkといったオープンソースソフトウェア(OSS)を先駆的に使って構築したことだった。航空エンジンや産業インフラを手がける同社が、GISデータ分析を題材とした活用例に関する一連の知見を外部へ積極的に公開した姿勢も評価された。受賞後、同社の取り組みはどう変わり、いまどんな課題に向き合っているのか。


OSSで作った分散処理基盤の現在地は?

堀野:2016年に受賞された理由は、OSSを先駆的に活用したデータ基盤の構築というものでした。あれから10年、OSSでの運用は続けておられるのでしょうか。

鈴木:結論から言うと、いまはOSSを特別重視しているわけではありません。必要に応じて使う、という距離感になっています。当時はApache Sparkで分散処理の基盤を作ったのですが、実際に運用してみると、技術がどんどん新しくなっていく中でそれを維持管理していくのがなかなか大変でした。OSSは自分たちで手を入れなければいけない部分が残りますし、それが本来我々のやるべき業務なのか、技術的に担いきれるのか、という問題も出てきました。まったく使っていないわけではなく、最近ならオープンになっているLLM(大規模言語モデル)を試すこともあります。ただ本格的に活用する段階では、OSSなどで試した結果を踏まえて、自作のツールを使うか、類似した製品を買うのかを選ぶようにしています。

【取材に応じる鈴木氏】

堀野:OSSは自ら手を動かす分には知見も溜まりますが、運用フェーズになると「そこに人を割いていいのか」という議論が起きそうです。御社ほどの潤沢なリソースをお持ちでも、やはりそうなるものですか。

鈴木:潤沢ではないですよ(笑)。2016年頃にデータサイエンティストが注目された当初は、研究開発をやるのもデータサイエンティスト、分析やシステム化をやるのもデータサイエンティストで、仕事がまったく分業されていませんでした。その後、データをきちんと管理していかなければいけないという話からデータエンジニアが出てきて、データスチュワード(データの品質や利用ルールに責任を持つ役割)という言葉も登場しました。分析する人と管理する人を分けて認識するようになったのは、その頃からだと思います。

【聞き手の堀野氏】

堀野:試すフェーズと運用するフェーズは、別の枠組みで考える必要がありますね。

鈴木:実験するフェーズと業務で運用するフェーズでは、求められるものが違います。データを整え、管理することは、いまも大きな課題です。



受賞がきっかけで社内の注目も高まった

堀野:JDMCから賞を出させていただいた当時、ご自身や部署に社内的な変化はありましたか。

鈴木:同じ取り組みでも、社内では目立たなかったものが、社外から評価していただけると一気に注目を集めるんですね。弊社はいま様々なデータ活用に取り組んでいますが、10年前はまだ細々としかできていませんでした。受賞をきっかけに他部署からも「情報システム部でそんなことをやっているんだね」と声をかけられるようになりました。JDMCさんに権威付けしていただけたのは、すごくよかったと思っています。

堀野:その後、組織はどう変わっていったのでしょうか。

鈴木:いまの所属部署である高度情報マネジメント統括本部は2013年に発足しました。IoTなどを使って製品やサービスを高度化していく部署です。会社のネットワークやシステムをはじめとした情報システムの管理を担う情報システム部と、新しいビジネスを作る高度情報マネジメント統括本部という2つがあったのですが、2016年、ちょうど受賞の直後くらいに、情報システム部が吸収合併される形で一つになりました。相乗効果を出して協力していきましょう、と。

堀野:他社なら「DX本部」と呼ぶような組織を、2016年の段階で先んじて設計されていたわけですね。社内では驚かれませんでしたか。

鈴木:フロアは最初から隣同士でしたし、技術開発本部と情報システム部、高度情報マネジメント統括本部の3つはもともと連携していて、人材交流という観点でもすごく多かったんです。私自身、2013年に中途入社して技術開発本部で異常診断のアルゴリズムなどを研究し、2014年に情報システム部へ異動しました。いまはサイバーセキュリティが製造業にとって大きな課題ですし、情報インフラひとつとってもクラウドがいいのかオンプレミスがいいのかが経営判断に資する話になっています。また、現在はまさにAIを事業に活用していく部署にいますので、2015年当時と比べてもさらに面白くなっていると実感しています。




講座、ガイドライン、AIコンテスト堀野:裾野を広げる仕掛け

堀野:社内の人材育成については、どんな取り組みをされていますか。

鈴木:2014年に組織が発足した頃から始めています。最初はExcelやPythonでグラフを作る、分析のやり方を覚えるといった内容でしたが、それだけでは事業価値につながりません。ですから講座でも「なぜ製造業が分析をやらないといけないのか」という本質的なところから伝えています。分析の前に目的をはっきりさせてから取りかかりましょう、と。2018年頃からです。

また、若い人が講座を受けて職場に帰ってきても、上司の理解がないと仕事で使えない、という話を聞きました。そこで上司の方とセットで、職場のデータの使い方を一緒に考えてみようという取り組みもやりました。

堀野:ルールづくりの面ではいかがでしょう。

鈴木:生成AI以前からAIガバナンスは重要だと考えており、IHIグループ向けChatGPT環境であるChat-IHIを作った際に利用者向けのガイドラインも作りました。

また最近では、ISO 42001(AIマネジメントシステムの国際規格)にも対応した仕組みづくりを目指しています。

堀野:裾野を広げる場として、社内のAIコンテストもあると聞きました。

鈴木:2021年から9回開き、いま10回目を企画中です。延べ600人以上が参加し、多い回は100名超です。コンテスト終了後には成績上位者によるパネルディスカッションを行ない、成績優秀者の着眼点も共有します。ある回のパネルディスカッションでは、高度な手法を試す人が多い中、優勝者は「このセンサデータ固有の特徴がここにある」と見抜いたことを説明しました。この特徴はセンサデータの取り方に起因するものであり、製造業でデータ分析に取り組む人ならではの強みが出たと思います。



データエンジニアリング組織の新設と、2040年を見据えた中長期の方向性

堀野:この十数年で、データエンジニアの重要性や位置付けはどう変わりましたか。

鈴木:一番大きいのは、データエンジニアリングを主管する組織ができたことです。いまはAI変革推進部の中に、IHIグループにおける各種データの管理・利活用を統括するデータエンジニアリンググループが置かれています。

堀野:育て方については、参考にできるものがあったのでしょうか。

鈴木:そこは大きな課題で、長く教科書のない世界でした。2019年頃に他社さんとPoC(概念実証)をやった際に「データエンジニアリングをどうやって学ばれたんですか」と聞いたら、「これはもう経験ですよ」と言われましたし、私自身も2015年頃のSparkの取り組みでは、どうすれば効率よくデータを処理できるかを試行錯誤して、痛い目を見ながら経験を積みました。ただ最近の動向を見ると、データ基盤をどう作るべきか、管理する人材はどうあるべきかが体系立てられてきていて、参考になります。分析をするよりデータエンジニアリングの方が実は難しくて、大量のデータをどうさばくかは、データを持っている会社でないと分からない部分も多いですから。

堀野:今後、挑戦したいテーマを教えてください。

鈴木:防衛や原子力といった分野でも使えるような生成AIの環境づくりを、しっかりやっていきたいと思っています。事業部門の人たちが仕事で使える環境を整えて、ITの力で後押しをする。そこに取り組みたいですね。

もうひとつ、IHIでは2026年5月に2040年のありたい姿として「世界中の人々の安心・安全、豊かな暮らしを根幹から支える」を打ち出しました。エアロスペース、エネルギー、インフラの3つの事業ドメインで、世界各国の経済・国家・エネルギーの安全保障に貢献するというものです。エネルギーや防衛といった社会課題の解決に貢献していけるポテンシャルが会社にはありますので、衛星データを使うような新しい分野で、世の中の役に立つ領域をITの力で攻めていきたいと思っています。

※データマネジメント賞について

一般社団法人 日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)では、データマネジメントにおいて、他の模範となる優れた活動を実践している企業・機関などを選定し表彰しています。2014年から実施しており、本活動を通じて、データマネジメントを実践する人や組織の活性化を促進し、日本企業・組織の競争力強化に寄与することを目指しています。
JDMC データマネジメント賞

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