日本データマネージメント・コンソーシアム

会員コラム

【Vol.81】横浜国立大学 徐浩源さん、高質な教育のための情報化を考える上で 注目を集める教育データの利活用

JDMC会員による「リレーコラム」。
メンバーの皆さんそれぞれの経験・知見・想いをリレー形式でつなげていきます。今回、バトンを受け取ったのは、横浜国立大学 徐浩源さんです。

教育のデジタル化と学習データ活用を求める声が各界から挙がる

日本学術会議から「教育のデジタル化を踏まえた学習データの利活用に関する提言—エビデンスに基づく教育に向けて—」(2020年9月)という提言が公表されました。2021年に設置された国立教育政策研究所の「教育データサイエンスセンター」の紹介によると、GIGAスクールの構想、オンライン教育など教育のDX化の進展は、多種多様な教育データの利活用による教育の質の向上への期待を大きく広げる可能性を秘めています。今後、教育政策の裏付けとなるエビデンスの提供や、教育データの効果的な分析・利活用が求められています[1]

本コラムでは、教育の質や教育活動の高度化のため、日本の大学には教育支援基盤の整備のみならず、教育データの利活用に向けたDXが求められていることについて、私見を述べたいと思います。

 

二十年余にわたって大学の情報化推進と基盤・サービス整備に注力

私はこれまで二十数年間にわたり、大学の教育研究の情報基盤と情報サービスの企画・運営に関わってきました。1990年代後半から2000年前半にかけて、日本の大学は大型計算機やキャンパスネットワーク基盤整備、ネットワークの高速化を中心に注力していました。その頃はまだ、住宅インターネットの接続環境やWi-Fi通信が整備されていなかったため、学生は主に大学のPC教室や研究室のコンピュータリソースを使っていました。教育支援サービスは学内のPC教室の利用のみでした。また研究支援のためにSINETと連携することが主な課題となっていました[2]

大学のネットワーク環境や教育・研究向けのサービスが海外の先進大学に追いつくため、筆者は2005年頃から数年おきに、世界の一流と目される大学への訪問や交流を積極的に行いました。アメリカでは、スタンフォード大学やUC系大学のUCLAとUCSD、カリフォニア工科大学など。イギリスでは、ラッセル系中心の大学(ケンブリッジ大学や帝国理工大学など。また本学の協定校でもあるエジンバラ大学、シェフィールド大学など)。さらにオーストラリアでは、オーストラリア国立大学やメルボルン大学などを訪れて、情報基盤および教育支援サービスを視察し、意見・情報交換を行ってきました。

こうした海外視察は、学内の情報化推進に大いに参考になり、早い段階で全学向けの授業支援システム(LMS:富士通早期製品CourseNavig、後にCoursePowerに変更)などの導入を実現。また図書館の学習用のラーニングコモンズや、学習履歴記録・キャンパスライフ・就職キャリア管理用の、学生ポートフォリオシステムなどの導入支援にも携わりました。

このように、二十数年間にわたって手がけてきた、大学のキャンパス情報基盤と教育・研究の情報サービスの企画・整備および運営を振り返ってみると、教育のための情報化は確実に進歩してきていると改めて確信することができます[3]。特にクラウドコンピューティングやモバイル技術の急速な進歩とモバイル端末の普及は、大学の情報サービスの多様化をもたらしました。しかし、今後もより良い教育活動を継続的かつ発展的に進めていく上で、教育サービス基盤に蓄積されている膨大な教育データの利活用には、まだまだ大きな課題が残っています。

授業支援システム(LMS)の新たな教育指導支援の機能開発を推進

2007年に、私がアメリカの大学で教育支援サービスについて考察した際に、非常に驚いたことがありました。カリフォルニア州立大学サンノゼ校では、すでに当時学生の教育データの解析と活用が行われていたのです。同校では、履修データから個別に学習指導が必要と思われる学生を抽出してシステムで「見える化」し、その情報をもとに支援対策を行っていました。

現在は、急速なグローバル化や、イノベーティブな人材育成の課題に迫られ、大学のユニバーサル化が進んでいます。必然的に高等教育の内容も多様化、高度専門化していく中で、学生の学習意欲や自主的な学習能力の向上、そして学力の差を広げない適時適宜の教育指導が求められます。

また大学の教育活動では、いかに教育の質を保証するかが、一つの大きな課題になっています。そのためには、教育データの分析と利活用が不可欠です。本学のLMSをより高い付加価値を提供できるように改良するため、2010年頃から富士通との協働で、LMSにおける学習行動の可視化の機能開発を進めてきました[4]

学習データの分析結果をもとに、より効果的な支援・指導を学生に提供

LMSには、「教材参照・課題提出・ディスカッション発言・アンケート回答・授業出欠・テスト参加」といった、多種多様な学習行動のデータがログとして記録・蓄積されています。これらのログデータを適切に利活用できれば、早期に学生の学習状況を把握でき、授業の改善と適格な指導を行えると考えています。

2011~2012年にかけては、本学を中心とした合計3412本の講義における学習履歴データを利用して、学習行動と成績の関係性の検証を行い、学習行動の特徴を分析して学生行動を可視化するチャートの機能を開発しました。この可視化のために、カークパトリックの教育評価モデルなどを参考に、可視化の指標として「積極性、継続性、計画性」の3つを選び、それぞれ「学習行動量、早期実行力、継続的な学習実行力」を示すものとしました。この可視化機能は現在、富士通製品版のLMS(CoursePower)に実装・リリースされています。

上に紹介した取り組みは、教育データの分析と利活用の一例であり、これによって期待できる効果は、①学生への個別指導の改善や履修中断の防止 ②教員の講義の自己点検・評価、大学のFD(ファカルティ・ディベロップメント)への支援 ③学生自身で学習行動の振り返りができるといったものであり、いずれも教育指導の質の向上にきわめて有益な機能です。

教育データは、個人の学習者にとって、また教員にとって、その時々の学習と教育の状況を反映したスナップ写真であり、蓄積している学習と教育活動のログデータから示唆や知見を共有することは、教育のプロセスにとって非常に大事なことだと考えます。

教育のデジタル化を進め、データ駆動型への転換を目指して一層の努力を

教育現場でのLMSの利活用は、コロナ禍の影響でより広く浸透してきています[5]。LMSの他にも、学生ポートフォリオシステム、シラバス・履修管理システム、図書館管理システムなどがあり、多くの教育データが記録されています。

効果的な教育データの利活用には、システム間の機能やデータの連携が不可欠です。アメリカではLTI(Learning Tools Interoperability)と呼ばれる、LMSが外部のさまざまな教育システムと相互にデータ連携を実現するための技術標準規格(プロトコル)が策定されています[6]。これを用いることで、ユーザーは、より多彩な教育支援システムの機能を、LMSの機能のように活用できるようになります。

有機的なシステム間の連携によって得られたログデータには、単なる教育行動の分析結果に止まらない、教育プロセスのさまざまなコンテキストまでが反映されることになるでしょう。さらに教育施策研究などに関しては、独立行政法人統計センターが作成・公開している、SSDSE(教育用標準データセット:Standardized Statistical Data Set for Education)という統計データの利活用も、学会や研究会で報告されています。

人間の教育活動は、普遍性と個別性が入り組んだ複雑なプロセスであり、だからこそ高い視点で考える必要があります。2021年の「教育再生実行会議第十二次提言」[7]において、「データ駆動型の教育への転換~データによる政策立案とそのための基盤整備~」として、今後政府全体のデジタル化の推進の一環として、教育のデジタル化を進め、データ駆動型に転換することがうたわれています。

その中で、教育政策においても各種のデータを効果的・効率的に取得し、学術的な知見も踏まえて分析するとともに、これらの結果を活用して効果的な政策を立案・実施していくことが強く求められています。もちろん実現に向けては、克服すべき課題がなお多く残っており、各界の関係者の取り組みはこれからが本番です。私自身も、JDMCの皆さまや各大学、教育・行政・企業の各関係機関の方々とともに、引き続き努力していきたいと願っています。

[1] 国立教育政策研究所-教育データサイエンスセンター設置について
https://www.mext.go.jp/content/20210615-mxt_chousa02-000015970-2.pdf
[2] YNUのSINET利活用の取り組み、https://www.sinet.ad.jp/case/ynu
[3] 高等教育機関におけるICTの利活用に関する調査研究結果報告書(第2版 https://axies.jp/_media/2020/07/2019_axies_ict_survey_v2.pdf
[4] 大学生の学力向上に向け、行動を可視化する「学習特徴チャート」機能を開発 https://pr.fujitsu.com/jp/news/2012/12/10.html
[5] コロナ禍における大学教育の実態とそのインパクト-全国大学教員調査から-
東京大学大学院教育学研究科紀要、第61巻、2021
[6] LTIとは?意味やメリット、利用イメージを教育機関向けに解説! (assistmicro.co.jp)
[7] 教育再生実行会議提言概要:https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000118195.pdf
経団連タイムス報道: https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2021/0805_05.htm

徐 浩源(ジョ コウゲン)

横浜国立大学
学長特任補佐
名誉教授
国公立大学情報システム研究会会長

1997年に横浜国立大学工学研究科工学博士取得、同研究科助手。1998年より同大学総合情報処理センターで、情報ネットワークや教育支援システムの企画・運営管理、情報処理教育・研究活動などに従事。大学情報化の推進などを担当する。同大学情報基盤センター助教授・教授/副センター長を経て、2016年より都市科学部教授/国際戦略推進機構教授/理事補佐/学長特任補佐。2022年現在、同大学学長特任補佐、名誉教授。国公立大学情報システム研究会会長。

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