日本データマネージメント・コンソーシアム

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2022年度データマネジメント大賞受賞 特別講演

「農業・農政のデジタル変革(農業DX)
 〜 eMAFFを核とした取組について 〜」

 農林水産省大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官 信夫 隆生 氏

データマネジメント賞表彰式(2022年3月10日)にて。信夫隆生氏(右)、JDMC会長 栗島聡(左)

「2025 年までに担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践」。この旗印の下、農林水産省は、1)実践的な農業行政の効率化、2)スマート農業の現場実装、3)農業データ連携基盤の構築やそれを活用したスマートフードチェーンの構築を推進している。その具体事例が、農林水産省共通申請サービス「eMAFF」である。この取り組みが、2022年度JDMCデータマネジメント大賞を受賞。取組みの背景にある現場の思いや舞台裏を同省の大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官 信夫隆生氏にご講演いただいた。
※本稿は2022年5月18日開催のJDMC年次総会・特別講演のダイジェストです。

 

「農林水産省」全体を巻き込む変革への挑戦

私たち農林水産省が農業のデジタルトランスフォーメーションに向けた取り組みを本格的に開始したのが今から3年ほど前です。今回の受賞理由となった「農林水産省共通申請サービス」(eMAFF)を中心とした取り組みは、農林水産省全体で進めているものです。

まだ道半ばではありますが、その内容について、次の3つのテーマでご説明します。

      1. 農業・農政のデジタル変革(農業DX)は、なぜ必要か
      2. 農業DXの実現に向けて、何に、どのように取り組んでいるのか
      3. 農業DXにより開かれる食と農の未来

 

タイムリミットが迫る農業・農政のDX

デジタルトランスフォーメーションの定義は、経済産業省の「DXレポート2」に記されていますが、行政機関も含まれるよう少し手を加えてみると、「データやデジタルテクノロジーを駆使して、顧客や社会のニーズを基に、経営や事業・業務、政策の在り方、生活や働き方、さらには組織風土や発想の仕方を変革すること」だと捉えています。すなわち、デジタルを手段として現状を変え、目的を達成するのがDXです。

では、私たちの担当している「農業のトランスフォーメーション」は何を目的としているのか。農業の本来の目的は食料の安定供給です。平時においては、多様な需要に応じた農産物や食品を、そして緊急時においては、生存に必要な食料を何としてでも、消費者の皆さまに届けること、これが農業の役割です。どんな時代でも消費者ニーズに的確に応える価値を提供することで、消費者に支持され、発展していく産業になると考えます。また、そのための環境を整備していくのが農業政策の役割です。

しかし、日本の農業の現状はどうか。就業者数は過去20年間で100万人近く減少しました。主に農業を職業とされる基幹的農業従事者の方々が高齢化しています。今後10年経てば、更に減少している可能性が高いと思われます。

また、日本における耕作面積は2020年で437万ヘクタールです。最も多い時期(1961年)から比べては3割減、生産基盤そのものが失われつつある状況です。そして現場で農業者を支えている地方自治体の農林水産分野の職員の数も減っています。私たち農林水産省の定員も過去20年間で半減しています。

こういった状況を打破して、農業を成長産業化することが政府全体の目標です。海外市場も視野に入れ、日本の高い品質の農産物を輸出し、市場の獲得を通じて農業総産出額や農業所得をアップさせる。農業を強い産業にすることで、能力のある担い手や、生産基盤である農地を維持し、生産資源を確保しておくことが、いざというときの食料安全保障に非常に重要です。

 

デジタル技術の活用で矛盾を克服し、新しい農業を実現する

とはいえ先述のとおり、農業従事者の減少で人手に頼るのは限界です。一方で、これを補い、更に生産性を高めるための新しい技術の導入には費用がかかります。このまま手をこまねいていると、熟練農業者の技は継承されないまま、農地は荒廃し、耕作面積は減っていく。これは何としても避けなければいけないシナリオです。「今より少ない人数で、今以上に稼ぐ」という、難しい課題に挑戦するほかはありません。

デジタルは、このような一見矛盾する課題を克服するのに最も有用な手段です。ダイナミックセル生産、マス・カスタマイゼーション、サイバーフィジカルシステムなど、これまでは両立しないと思われてきたことが、デジタルの力で実現しています。

デジタルの力を活用して、新たな融合を生み出し、新しい食と農の姿の実現を目指す。私たちはこれを「デジタル技術を活用したデータ駆動型の経営により、労働生産性と資本生産性を同時に上げて、消費者が必要とする価値を生み出し、届けることで稼げる農業」として、「FaaS(Farming as a Service)」と定義し、その実現を目指すこととしました。

実際に、農業分野で、デジタル技術を活用して、これまでは両立し得ないと思われてきた新しい農業の有り様の実現に向けた様々な取組が始まっています。2030年の食と農を展望しながら、多様なデジタルプロジェクトを進めていきます。

 

農業DX構想

農業・農政のDX実現に向けた取り組みの全体像は、2021年3月25日に公表した「農業DX構想」の中に記されています。究極の目的として食料の安定供給を掲げ、それを実現する農業の姿がFaaS、その実現に向けた農業DXの6つの基本的方向をお示しし、その下で39のプロジェクトを実行することとしています。

このうち、特に重視しているのは、スマート農業による生産性の向上です。
たとえば、ドローンを使った農薬や肥料の散布、センサーを使って牛の管理、無人での田植え機やトラクタ、さらに水管理を自動で行うためのセンサーや、自動収穫機の導入です。現在、現場実装に向けて実証事業を全国182地区で展開しています。また、スマート農域の導入への支援も開始しました。しかし、これだけでは十分ではありません。

 

農業DXの土台となる行政実務の変革が必須

デジタル技術の活用は、言い換えれば、データを活用するということですが、現在、データを活用して農業を行っている農業経営体数は多くありません。2020年の農業センサスの調べによると、簡易な方法でデータ活用しているところも含めて、全体の17%しかありません。

デジタルトランスフォーメーションを進め、労働生産性と資本生産性を両方上げる農業を実現するには、生産現場だけはなくて、流通・小売・輸出業者、食品関連事業者の皆さま、それを政策的に支える国、地方公共団体の行政などがデータでつながり合うような、新たなエコシステムを作る必要があります。

ここで強調したいのは、農業DXにおいて果たす行政の役割です。国民生活に必要不可欠な食料を共有する農業は古来より「国の基(もとい)」と言われてまいりました。『日本書記』には「農は国の大本である」という記述がすでに存在します。

農業は行政とのかかわりが深い分野です。このため、まず行政が、関係者で広く利用できるデジタル基盤を構築・提供して、政策の実行や調査を通じて質の良い現場のデータを集め、その分析を行って現場に提供し、そして抽出された課題に的確に対応した政策立案を機動的に行えるようになることで、データでつながり合う新しい農業のエコシステムが実現できるものと考えています。

 

核となる農林水産省共通申請サービス(eMAFF)プロジェクト

このような考え方の下で、現在、最優先で取り組んでいるのが次の5つのプロジェクトです。

      1. 農林水産省共通申請サービス(eMAFF)プロジェクト
      2. 農林水産省地理情報共通管理システム(eMAFF地図)プロジェクト
      3. 業務の抜本見直しプロジェクト
      4. MAFFアプリプロジェクト
      5. データ活用人材育成推進プロジェクト

まず、その中心となるeMAFFについてご説明します。

デジタルの力で行政手続きを変えていく、というものの、現在の行政実務はそれとは程遠いと言わざるを得ません。農林水産省所管の交付金の手続きにおける添付資料一式の例でいうと、申請から事業完了報告までの書類を重ね合わせると、なんと幅約50センチもの膨大な資料の束になるものがあります。しかも、これは1事業者が作成するものです。

調べてみると、このほかにも手間のかかっている手続きがたくさんありました。それが農政の実態で、現場も紙まみれ、自治体も紙まみれ、そして農林水産省も紙まみれになりながら日々処理している現状です。

私はある若手の農業者の方から「これでは経営に集中できません」と直接言われたことがあります。若い方ですが地域の高齢農業者の方から信頼が厚く、農地をたくさん借りてほしいという打診もうけ、規模拡大のチャンスが目の前にある方です。しかし、日々こなさなければいけない行政への申請作業に時間を取られて肝心の経営に専念できない、というやり場のない憤りでした。

この状況を打破するのが、農林水産省共通申請サービス(eMAFF)プロジェクトです。農林漁業者が申請をオンラインで行って、農林水産省や自治体の審査機関もオンラインで審査をし、関係各所とデータ連携します。結果もオンラインで通知をする仕組みです。

 

目標として、農林水産省にある3,000を超える手続きを2022年度までにすべてオンライン化を目指しています。その上で2025年度に利用率60%を目指します。これは農林水産省において進める手続きだけではなく、関係する自治体での手続きも含めてです。ここまでで、約2,600を超える手続きをすでにオンライン化済みです。

また、システムのUI/UXの向上のためにチャットツール(eMAFFチャット)を使って自治体職員や農業者の方など現場の意見を集める取り組みを進めています。申請画面は、制度を理解している農林水産省の職員自らが、民間でよく使われているSaaSを活用して構築しています。これにより、開発コストも削減されています。

 

政府のデジタル3原則に沿って推進

eMAFFプロジェクトでは、政府のデジタル3原則を常に意識しながら進めています。
1つは「デジタルファースト」です。手続きが一貫してオンラインで出来るようにします。

2つめのは「ワンスオンリー」です。一度入力した情報の再入力を不要にする原則です。このためには、システム間の相互運用の枠組みが必要です。適切なデータマネジメントによって、データの整備・活用を進められる基盤・体制・ルール作りに今後取り組み、この「ワンスオンリー」をさらに充実させたいと考えています。

3つめのは「コネクティッド・ワンストップ」です。端的に言えば、官民のサービスを1つのIDとパスワードで利用可能にすることです。eMAFFの入り口には、1つのIDとパスワードで様々な法人向け行政サービスにログインできるサービス「gBiz」の認証基盤を活用し、シングルサインオン(SSO)で利用できます。ただ、gBizの認証基盤は行政手続きだけに使えるものなので、eMAFFが提供するIdP(Identity Provider、IDを提供する役割)を用いた認証基盤(eMAFF認証基盤)を連携して運用しています。私たちが橋渡し役となって、農業者ご本人の同意があれば農業者に関連するデータを、必要とする民間のアグリテック企業や金融機関などに提供する、というデータ連携を可能にしていきます。たとえば日本政策金融公庫と連携して、2022年1月から進めている「農林漁業セーフティネット資金」の申請等のeMAFFの活用例も出始めています。

 

また、政府全体としてはマイナンバーカードの利用を進めています。たとえば、gBizエントリーからプライムに昇格するには、法人であれば印鑑登録証明書、個人であれば印鑑証明書が必要です。そのような手間を省くために、eMAFFエントリーからeMAFFプライムに昇格するときはマイナンバーカードのICチップの中に入っている基本4情報を読み出せるようにして、それを用いて円滑に身元確認を行ってしまう取り組みも進めています。

こうした機能を持つeMAFFの利用が進むことで、eMAFFが官民共通のプラットフォームになっていくのではないか、少なくとも農業分野はそうなっていくのではないかと考えています。

現場の農地業務を効率化するeMAFF地図プロジェクト

eMAFFによって手続きの入り口が一本化されますと、いろいろな工夫が可能になります。それを活用した最初のプロジェクトが、次にご説明するeMAFF地図プロジェクトです。農業に関する行政手続きでは、農地の情報が必要になることが非常に多いのですが、しかし現状では、農業者、事業者が同じ情報を何度も繰り返し、異なる機関に提出をしなくてはいけません。また、それぞれの機関が別々に紙地図を作成し、現地確認に赴いています。この非効率的な状態をデジタルの力で何とかしたいと進めているのがこのeMAFF地図プロジェクトです。

 

eMAFF地図プロジェクトでは、デジタル地図上に正確な価格情報や地番情報、過去さまざまな政策で作ってきた水田台帳、農地台帳と呼ばれる農地データをひも付けていきます。これにより、現場の農地情報の統合を進め、「現場にいる皆さんが同じ地図を使って仕事をしようじゃないか」という考え方です。

 

eMAFF地図は今年度から一部の運用を開始していますが、来年度中にほぼすべての自治体で本格運用を開始したいと思っています。正確な地図情報の上にさまざまな情報を重ねることで、たとえば、地域である農業者がリタイアすることになった際、「ここではこういう野菜が作られていた。同じものを作っている○○さん、預かっていただけませんか」という話し合いに活用できます。

 

BPR、MAFFアプリ、データ活用人材の育成

3つ目にご紹介するのが、行政手続きオンライン化の前提となる業務の抜本見直し(BPR)プロジェクトです。

eMAFFでの行政手続きのオンライン化に当たっては、非効率な現在の手続きをそのままオンライン化することは許されず、事前に業務の抜本見直しを徹底します。3,000を超える手続きすべてについて、現場からの聞き取りなどにより実態を把握し、詳細な業務フロー図を作成させた上で、添付書類や申請項目の削減などの見直しをまず行い、それからeMAFFへの実装作業に移っていく進め方をしています。

また、併せて、政策を組み、行政手続きを作り運用する職員が、働きやすい環境を作るための内部業務の見直しにも取り組んでいるところです。
さらに、BPRを強力に推進するため、事務次官をトップとするチームを省内に設け、取組が緩まないようにしています。

4つ目のプロジェクトとして紹介するのがMAFFアプリです。農業者の方に農林水産省から直接政策情報をお伝えするために作成したものですが、双方向のアプリで、われわれから情報を提供するだけではなくて、農業者や自治体職員などの現場の意見、要望を出していただける機能も具備しています。これを使って、行政手続きの実態を写真付きで送っていただく「リアル行政手続リポートBOX」の取組を四半期に一度行っており、いただいた情報を行政手続きの見直しにつなげています。

運用は2020年5月から始め、現在約3万人の登録者数がいます。eMAFFの手続きも、このアプリから入っていただけるようにしていきます。

農林水産省「MAFFアプリ」ご紹介ページ
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/maff-app.html

最後にご紹介するのが、データ活用人材育成推進プロジェクトです。eMAFFにより行政手続きのオンライン化が進めば、多くの電子データが集まってきます。これらのデータを、例えばBIツール、データサイエンス技法を駆使して分析し、インサイトを得て、さまざまな政策立案につなげられる職員の育成を行っています。令和2年から6年までの5年間で100名の育成を目指して毎年研修を実施しています。

 

農業DXによって目指す食と農の未来

農林水産省は、今後も、eMAFFを核として農業DXの実現に向けた取組を進めていきます。

eMAFFの効果としてまず挙げられるのは、農業者は役所に行く必要がなくなる、何度も似た申請をしなくても済むということですが、良質なデータがeMAFFの中に集まってくると、その活用による効果が期待できます。行政手続きで提出した自身のデータを基に、農業者は経営状態にふさわしい資金調達ができたり、科学的な知見に基づいた営農ができたり、さらにはデータに基づいた経営戦略を立てたり、農水省とデータに基づいた議論が直接できるようになるなど、さまざまなデータ活用の未来が開けてると思います。

こうした未来のイメージをより身近に思い浮かべてもらえるように、農業DX構想の参考資料として公開したのが「食卓と農の風景2030」です。

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/dx/attach/pdf/nougyou_dxkousou-43.pdf

これは農林水産省のデジタル戦略グループの職員が、農業DXが実現した2030年の食と農の姿を展望して書き下ろした小説集です。農林水産省が何を目指しているのか、イメージを持っていただけると思いますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。

 

あらためて、データは資産である

結びに、3点申し上げます。まず、「隗より始めよ」。農業DXは遠大な計画であるからこそ、身近なところから着手しなければなりませんし、また、これを進めている農林水産省がまず取り組み、行政のオペレーション能力を上げて現場のデジタル変革を促していく必要があります。

次に、行政手続きは従来、立場が異なる者同士の申請と承認の手続きの場だったのですが、今後「行政手続きのDX」を進めることで、同じ目的の者同士をつなぐコミュニケーション手段に変わっていくと思います。申請者と行政機関が同じデータを共有し、経営や地域農業の発展という共通の目的のために、提案を行い合うという形になっていくのではないかと思います。

そしてあらためて、データは資産である、ということを我々行政機関の職員は意識しなければなりません。行政機関は、公益上の必要性に応じて、行政手続きを通じて資産形成を行える立場、つまりデータを集められる立場にあります。資産は使わないと持っている意味がありません。集めたデータを農業経営に生かしてもらうための環境整備、これを私たちはデータマネジメント活動だと考えます。これを今後、本格的に進めていきたいと考えています。

これらの活動を通じて、これからも価値を生み出す産業として、農業が発展できるように私たちも努力をしていきたいと考えています。

 

<関連サイト>
農林水産省共通申請サービス(eMAFF)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/dx/emaff.html

2022年度データマネジメント賞について
https://japan-dmc.org/?p=16225

 

編集協力:合同会社エクリュ

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