〜 データ・ガバナンス(DG)方法論の提言②
伊阪コンサルティング事務所 伊阪哲雄
前回、「MDMとデータ・ガバナンスの動向6) 〜 データ・ガバナンス(DG)方法論の提言①」を精読された読者から「ステップ」という作業手順の名称からすると一過的なプロセスの印象が強いとのご意見をいただいた。本稿から「ステップ」に変え、「ライフサイクル」に変更する。目的はデータ・ガバナンス・プロセスは最低一回/年はライフサイクル1から15までを実施し、データ・ガバナンス水準が実務に適合しているかを評価し、課題が発見されれば、迅速な対処を講ずる必要がある。
スニール・ソワールのDG方法論モデル(IBMが提唱するDG統合プロセス)について本稿では前回の続き、ライフサイクル0から5までの概要を記述する。
6.スニール・ソワールのDG方法論ライフサイクル概要
0)啓発
データ管理に関わる社内関係者、即ち、関連役員、業務部門、IT部門、CDO、データスチュワードなどのキーマンを対象に、以下の項目につていの問題提起と啓発活動を行う。
①同業先進企業のDG導入状況と効果
②データ管理に関する発生している問題・課題
③上記問題・課題に関わる対処に消耗される無駄な時間とその解消により予測される効果・効率
④広く企業経営の視点からの統合的ガバナンス(コーポレート・ガバナンス)の必要性
⑤コーポレート・ガバナンスの中核であるDG導入の意義と価値
⑥その他
実際には役員レベルから開始し、徐々に下位のレベルに展開する。容易な仕事ではないが、忍耐強く、全社的な合意形成のために継続する必要がある。社内的にDG意識が醸成されるまで、一回/年の実施が望ましい。また新入社員および役職昇進者向けに年度初めなどに研修をすべきである。社内人材で啓発活動は大変難しいので、原則的にはDGに詳しいコンサルタントの助けを借りるべきである。
1)必須ライフサイクル:業務問題の定義
業務遂行上の問題をあらかじめ定義し、その問題を解決するために、どのようなDGを実施するか、その取り組み範囲を決めなければならない。DGへの取り組みに失敗するのは、業務問題の特定が不十分である場合が非常に多い。業務問題は各業種に固有なものと、あらゆる企業に関わるものに大別される。例えば製造業においては「正確な部品表データベースの確立」、小売業においては「顧客データベースの整備と利用」が問題になる。一方、「失敗プロジェクトの監査」や「リスク管理のためにデータ品質を改善」といった問題もある。業務問題の定義や取り組む範囲の決定および変更は当然のことながら、業務部門が関与すべき事項である。
2)必要ライフサイクル:役員支援者の確保
DGの実施においてスポンサーの確保は必須である。中核となる業務部門の担当役員や責任者、あるいは情報システム部門の担当役員や責任者から、DGの実施に向けた投資を確約してもらわなければならない。
スポンサーの確保は容易ではないが、業務の事例を引き合いに出し、そこにDGが短期的に効果があると説明、取り組みの価値を認めてもらうことである。例えば、「顧客データベースの品質」が問題であるなら、DGの一環として実行される顧客世帯名寄せなどに焦点を当てて現実的な効果を示し、説得を試みる。DGは長期の取り組みであるが、始めるためにはスポンサー候補を納得させる分かりやすい説明をしなければならない。スポンサーを確保すると共に、DGに関する責任者の任命も欠かせない。どのような人を責任者にするかについては、企業や団体によって変わってくる。中核となる事業部門長が兼務する場合もあれば、CIO(最高情報責任者)が兼務することもある。金融機関ではCRO(最高リスク責任者)ないし、直属の部下が担当することもある。いずれにせよ、企業や団体のデータ責任者にはDGの取り組みについて意思決定や変更ができる権限を与えるべきである。
3)必要ライフサイクル:成熟度評価の実施
DGの成熟度を評価し、その結果に基づいて本番に取り組む内容の決定を考慮した提案になっている必要がある。成熟度を評価するのは、何にどのように取り組むべきかの目安を見出すためである。
「なるほど顧客世帯の名寄せは必要だ。投資しよう。」とスポンサーが決定したからと言って、名寄せにだけ注目した取り組みをしようとしても、中々うまくいかない。DGは「人・プロセス・技術のオーケストレーション」である。どんな楽団員(関係者や担当者)がいて、それぞれの演奏能力(データに関する知識・経験・スキルなど)が必要条件を満たさなければ演奏会を開くことはできない。IBMDG統合プロセスにおいては、DGの成熟度モデルが定義されており、組織の成熟度に影響を与える11カテゴリー項目が抽出されている(図1)。DGの目的は業務に貢献し、「価値創造」と「リスク管理」を実現することである。そうした成果をもたらすための中核的取り組みとして「データ品質管理」、「情報ライフサイクル管理」、「情報セキュリティとプライバシー」があり、さらにこれらを支援する「データ・アーキテクチャ」、「類別とメタデータ」、「監査情報記録と報告」の取り組みがある。特にEA(エンタプライズ・アーキテクチャ)が既に適用されている場合、その構造的分析に従う視点はDG導入と管理において極めて効果的に機能する。データ・ガバナンスの視点からはEAのDA(データ・アーキテクチャ)が重要であり、鍵である。しかしならが国内でEAを検討し、真剣に導入・活用しているエンタープライズは極めてまれである。以上の項目は主にプロセスと技術に関わるものだが、成果をもたらすもの(イネイブラー:実現する人的機能)として、「企業構造と気付き」、「方針」、「スチュワードシップ」を忘れてはならない。DG方針を立て、企業を組立て、データスチュワードと呼ばれる担当者を任命して、ようやく取り組みを進めることが可能になる。
図1. IBMDG成熟度モデル(11カテゴリー)
多様な成熟モデルが存在するが、表1の五段階モデルを紹介する。
レベル | DG管理状態 |
成熟度1
初期 | > プロセスは通常場当たり的であり、データ管理環境は不安定である。
> 実証されたプロセスの利用ではなく、偶然良好なプロセスは企業内で個人能力ないし企業的適性に依存している。 > 企業は利用できる製品とサービスをしばしば生成する一方、予算とプロジェクト・スケジュールの超過が頻繁に発生する。 |
成熟度2
管理 | > プロジェクトは繰り返し順調に遂行可能である。
> 企業内の全プロセスに対してプロセスが繰り返されない。 > 基本的なプロジェクト管理はコストとスケジュールの追跡を支援できる。 > プロジェクト実施が順調に実施されている場合、プロジェクトは文書化された計画に従い実行され管理される。 > コストと見積り時間を超過する危険を内包する。 |
成熟度3
定義完了 | > 企業の標準プロセス群は、企業横断的に一貫性の確立のために活用される。
> プロジェクトについての標準とプロセス記述と手続は、特別なプロジェクトないし企業の部門に合うように、企業の標準プロセス群から個別に適用される。 |
成熟度4
量的管理 | > 企業はプロセスと維持の両方について量的品質のゴールを設定する。
> 選択された副プロセスは、全体のプロセス実行に極めて貢献し、統計的で他の計量的技術を利用で制御される。 |
成熟度5
最適化 | > 企業についての量的プロセス改善目的が手堅く確立され、業務目的の変更を反映さるために継続的に改定されることになり、プロセス改善管理の基準として活用される。 |
表1.データ管理成熟度モデル
図2に示す通り11種のDG成熟度アセスメント項目が選定されている。特長的な点は現状を公平に把握し、一年ないし最大一年半で実現可能な目標設定を行い、目標実現のためのギャップ分析の基礎資料にすることが目的である。
図2. DG成熟度アセスメントの事例
4)必要ライフサイクル:全体ロードマップの作成
11アセスメント項目に関する現状から望ましい将来状態へ橋渡しをする実現可能で価値のあるロードマップを作ることができる(図2)。このアプローチは面倒に見えるかもしれないが、DGの取り組みに当たっては、短期間で成果を出すと共に、中長期に渡って企業に貢献する体制を作ることために欠かせないアプローチである。11アセスメント項目についてのロードマップは、こうした包括的な取り組みを進めるためのものである。
5)必要ライフサイクル:企業構造原案の立案
DGのオペレーションを担う企業の構造を検討する。米国では過去5年以上の経験から、DG企業は3階層形式が最も機能すると指摘されている。最上位層はDG委員会で、 重要な機能かつ業務リーダーから構成され、そのリーダーは大企業資産としてデータを信頼している。第二層はDG作業グループで、そのグループは非常に頻繫にミーティングを持つ中間管理者から構成される。第三層はデータスチュワード職務コミュニティから構成され、日々のデータ品質に対し責任を持つ。3階層形式の一例は第5回の「7.DG、DGPO(データ・ガバナンス・プログラム・オフィス)とデータスチュワード企業事例」で示した図を参照頂きたい。
文字数制約から詳細には言及できないが、データ統合、MDM、DGなどの推進、ソフトウェア選定とSI事業者選定などに関して、具体的な関心がある方は、遠慮なく問い合わせ(isaka@isaka.com)をお願いしたい。
参考文献:
日経コンピュータ2013.12.12日号と26日号
Data Governance Tools, Sunil Soares著, 2015, MC Press Online LLC
Data Stewardship, David Plotkin著, 2014, Morgan Kaufmann Publishers
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─ 伊阪哲雄プロフィール ──────────────────────
データ・マネジメントを専門とするITコンサルタント。1970年に外資系大手コンピュータ・メーカーに入社して以来、一貫してデータ・モデリング/設計やデータ・クレンジング、データ統合、マスターデータ管理、DG、人材育成に関わる支援を行ってきた。特に通信業界、医薬業界や、金融業界のデータ・マネジメントに詳しい。米国のデータ管理系コンサルタントと幅広い交友関係があり、米国など海外の事情にも通じ、例えば米MDM Instituteが主催するカンファレンスに頻繁に参加している。