日本データマネージメント・コンソーシアム

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(6) MDMとデータ・ガバナンスの動向

〜 データ・ガバナンス(DG)方法論の提言①

伊阪コンサルティング事務所 伊阪哲雄

 

DG方法論に対する提言として、本稿から複数回にわたり説明したい。その最初となる本稿では、まずは基本的な方法論の概念から始め(方法論という言葉が極めて安易に用いられているので)、結びとして、日本ではあまり知られていないが、筆者が現時点で最も有用だと思うスニール・ソワールが提唱する方法論を紹介する。

 

1.方法論(Methodology)の概念規定

最初の章は一般論で恐縮だが、方法論(Methodology)について筆者が考える概念規定を説明したい。方法論とは、適用した結果として有用な最終成果物またはアウトプットを生み出す方法(Method)の”体系(システム)”であり、思考原理を中心に以下の3つの構成要素が体系的に秩序立てられて構成されるものである、と考えている。

 

①思考原理

②思考原理の実施手順 (留意点:必要な成果物またはアウトプットだけを生成すること)

③思考原理の実践ガイドや手法

 
このような一般的論から始める理由は、筆者は、業務経験上、米国・西欧の方法論に触れる機会が多くその高い秩序性・論理性を評価している。一方、我が国での”方法論”という言葉が単に格調高さを表現したいがためだけに極めて安易に用いられている現状がある。このことに、筆者は強い憂いを感じているためである。そのため、日本で方法論と呼ばれているものの大半が単なる「方法」に過ぎないことが多い。

 

一例として、②でわざわざ留意点として強調した点である。方法論が体系的に秩序立てられて構成されていないため、不必要な成果物またはアウトプットを作る方法論が枚挙にいとまがない。方法論としてあるべきは、ある手順で生成される成果物またはアウトプットは、それ以降の手順で必ず利用されるものででなくてはならず、後々利用されないものを生成するような手順であってはならない。

 

このため方法論は、現場で無駄な作業を排除する指針にもなる。システム開発や運用の場面では、顧客からの素朴な要求や実務者の安易な関心のために、それ以降の手順で利用されることのない成果物が作られてしまう現実がある。これらは無駄な作業であり、価値を生んでもおらず、止めたほうがよい。方法論を用いることで、プロジェクトマネージャが不要な成果物作成を避けることができるようになって欲しいと考えている。

 

2.方法論が具備すべきもの

方法論は、適用がしやすく、また適用することで一定の水準の最終成果物に導くことができる手順、ガイド、手法を具備するものである。理想を言えば、それらの手順等は、将来に新たなプロジェクトに適用する際に遭遇する様々な課題・問題点を克服するために、過去に遭遇してきた課題・問題への対応を通じて改善された、完成度の高いものであるべきである。

 

構成要素 具備すべきもの
①    思考原理 DGが有する特性を考慮し、有用な成果・アウトプットを生み出すための目的を明確に規定し、その目的に向かう考え方を明確に示すものであること。
②    思考原理の実施手順 DGの導入に関する手順と、いったん導入したDBの継続的維持・改善の手順の両方を含むものであること。

多くのケーススタディに裏付けられた、完成度の高い実施手順が明示され、無駄な作業(不必要な成果物等の作成等)が排除されていること。

③    思考原理を実践するためのガイドや手法 多様な経験に裏付けられた、DG導入と継続的維持・改善の実践を効率的に遂行するためのガイド、手法、ソフトウェア・ツールが整備されていること。

関連する人材に求められるスキルと資質を規定し、育成方法も整備されていること

 

DGの方法論を一企業で確立することは極めて難しい。なぜなら、一企業はDGの機会は一回、多くとも数回程度しか経験しないためである。一方、コンサルティング会社は多くの企業を相手に多様な経験を積んでいる。そこで、DG導入する際には、このようなコンサルティング会社の方法論を活用するのがより効果的である。

 

3.DGに関する歴史的経緯と必要性

北米と西欧では2000年からDGの重要性が叫ばれ始めた。なぜなら、MDM(マスタデータ管理)を導入しようとした多くの先発企業がデータ整備に手間取り、そのためMDM導入を諦めるか、MDM導入計画の延期ないし大幅な見直しを迫られたためである。それらの苦い経験から、データ統合ないしMDM導入の「前提」として、DG導入が必要との認識が広く認められた。

この認識を受けて、DAMA-DMBOK(初版、2009年発行)においてもDGを中核に9種のデータ管理機能により構成されている。

 
DGの必要性が認知される事例には国内外問わずERP導入時に発生することが極めて多い。何故なら、ERPで複数部門で共通的に使うマスタデータが必要となるため、いきおいMDMが必要となるためである。

 

4.IBMにおけるDG基礎診断

ここで、DG方法論に対する提言を考える上で参照したいIBMにおけるDG基礎診断事例を紹介する。IBMの状況と多くの日本国内企業とは、ある程度のDG基盤が作成され運用されているという点で異なるため、私たちにとって即参考とすることはできないが、この診断の観点ややり方が示唆に富んだものであるため、ここに紹介したい。

 

IBMでは、経営幹部が参加するDG委員会を設置し、データ管理に関する全社調査を行った。その結果、同委員会に提出された所見に基づき、全社規模でのデータ管理を推進するために「DG評価事項」を作成した。作成したDG評価事項を下記に示す。

 

評価は、DG評価事項の各項目の評価で”Y”が過半数“を超えれば、IBMでは、喫緊に適正な対処が求められる。対処策としては個別に対処するか(”Y”とされたDG評価事項の各項目について対処する等)、または全体的な対処(根本的にDG管理メカニズムを見直し、方法論・体制・要員育成および各種ソフトウェア・ツールの整備等)が求められる。

 

# DG評価事項 評価
1 業務と整合性が乏しさの評価 – DGは、業務目的と情報システム機能との間に断絶が頻生するか? Y/N
2 データに関する要請とレポーティングに関して、DG方針と結合が不十分であるか? Y/N
3 共通データ・リポジトリ、ガバナンス方針及びデータ管理標準プロセスの三者間で、データ・ライフサイクルに注目したリスク管理が不十分であるか? Y/N
4 大手企業(複数事業部が存在)において、メタデータと業務用語が複数の業務間で未統合であるか? Y/N
5 セキュリティ、プライパシ、コンプライアンスの視点に基づいたデータ資産価値の査定方法が未整備であるか? Y/N
6 長期的な重要性を検討する前に、不用意なままデータに関わる統制を展開し実施しているか? Y/N
7 異なるデータ領域を持つ組織の境界を横断してガバナンスを実現することは困難であるか? Y/N
8 正確に統制する必要性がしばしば不明となるか? Y/N
9 DGは戦略的かつ戦術的なものだが、その要素の明確な定義は未完であるか? Y/N

 

評価をする上で難しい点は、読者も気づかれたと思うが、各項目の評価は幅があるためどこまでいけば”Y”であるかどうかが判断しにくい点である。従って、上記評価を実施する際には、明確な評価基準を設定し、それを継続的に保守していくことが必要である。

 

まず、概ねの評価基準をその企業固有の条件を加味して設定する。基準は、その企業が属する業界の動向、その企業の歴史やIT文化・リテラシーなど様々な要素が関連するため、企業個別に設定する。基準は、DG導入時またはDG診断のプロジェクト毎に設定する。

 

次に、その評価基準を継続的に保守していく。基準は管理され、最低一回/年に見直し、その時点で再度評価を行いながら、定義の見直しも同時に実施し、課題が発覚した場合は漏れなく適切に対処する。継続的に保守する理由は、業界及び企業の業務は常に変化しており、さらに法改正・規制改正によって大きく影響を受けるためである。特に金融業界では金融業におけるBIS規制(バーゼルⅠ、Ⅱ、Ⅲ)などの規制改正のよる影響が深刻であるだけに、基準見直しは都度適切に行う必要がある。

 

~~~
 

筆者は日本企業のDGに関するコンサルティング実施開始時に、この診断を行うことがある。その経験によると、日本企業の評価は、“N”はせいぜい3個程度であり、”Y”が過半数である。つまり、IBMの基準に照らせば、日本企業では、根本的にDG管理そのものを作成ないし根本的に見直し、確立する必要があるということである。

 

5.スニール・ソワールのDG方法論 (IBM DG統合プロセス) – 全社規模でのDG方法論モデル

筆者は、2000年初頭から多くのDGのプロセス及び方法論を調査・分析してきたが、現時点で一番完成度が高いと思われる、スニール・ソワールの方法論を紹介したい。

 

筆者の10年来の友人でもあるスニール・ソワールは、IBM勤務時代、同社のDGプロジェクトを延べ200以上実施した。同氏は現在はInformation Assetというコンサルティング企業の経営者として、銀行、保険、生化学、製造業、ヘルスケア、小売り業、通信事業および官公庁といった多岐の顧客企業に対してDBプロジェクトを実施してきた。同氏は、これらの極めて多様な経験と実践に基づき、全社規模でのDG方法論を確立した。同氏は、DGに関する5冊ほどの分厚い書籍を上梓している。これらの文献はDGの世界で権威があり、多くの米国企業及びコンサルタントによって活用されている。

 

同氏のモデルは一言でいうと北米的・西ヨーロッパ的である。つまり、このモデルは、構造的に問題・課題を整理し戦略的に対処する特徴があり、さらにアーキテクチャが明示的で理解しやすい構造になっている。

同氏の方法論は、DG全体像から極めて精緻に組み立てられており、この方法論に従うと全社規模での統合的DGプロセスの確立することができる。企業全体にDGを定着させ、恒常的なDG管理を実施することができる。

さらに、このモデルは、IBMが研究、実践し、多くの効果が確認されているものである。
 
 

図1.スニール・ソワールのDG方法論 (IBM DG統合プロセス)

 

この「IBM DG統合プロセス」は、12の必要ステップと4つの追加ステップとから成る16のステップから構成される。必要ステップはDGを実行するうえで欠かすことはできない必須のステップであり、追加ステップは必要性に応じて選択するオプションのステップである。

 

効果的なDGプログラムを実行するためには、

 

  • まず、12の必要ステップ実行のために、ヒト・モノ・カネに関するリソースの確保と実行体制構築を行う。特に実行効率化のためには、ITツールの力を最大限に利用すべきである(ステップ6で計画する)。

 

  • その後、1つまたは2以上の追加ステップを選択し、必要ステップと選択した追加ステップを実行する。追加ステップはすべて選択するのではなく、企業の現状を見定めて必要なものだけを選択する。

 

  • 最終的には、DG統合プロセスが評価・測定され、最低四半期に一回程度を目途として、定期的に支援役員に結果報告がなされ、次のサイクルの実施計画を立てる。

 

なお、ステップ0の啓発は、スニール・ソワールのオリジナルのモデルにはないものだが、日本の現状を踏まえて筆者が加えたものである。もちろん、スニール・ソワールとも議論し、日本におけるDGやデータマネジメントに関する企業の認識の実状を説明した上で、氏の了解を得ている。

 

次稿では、この方法論の各ステップについて説明したい。

 

文字数制約から詳細には言及できないが、データ統合、MDM、DGなどの推進、ソフトウェア選定とSI事業者選定などに関して、具体的な関心がある方は、遠慮なく問い合わせ(isaka@isaka.com)をお願いしたい。

 

参考文献:日経コンピュータ2013.12.12日号と2013.12.26日号

 

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 ─ 伊阪哲雄プロフィール ──────────────────────

データ・マネジメントを専門とするITコンサルタント。1970年に外資系大手コンピュータ・メーカーに入社して以来、一貫してデータ・モデリング/設計やデータ・クレンジング、データ統合、マスターデータ管理、DG、人材育成に関わる支援を行ってきた。特に通信業界、医薬業界や、金融業界のデータ・マネジメントに詳しい。米国のデータ管理系コンサルタントと幅広い交友関係があり、米国など海外の事情にも通じ、例えば米MDM Instituteが主催するカンファレンスに頻繁に参加している。

 

 

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