(レポーター 事務局臼井琴美)
「これはぜひとも聞かなければ!」。『データマネジメントはIP価値の最大化にどう寄与するか?』という講演の題名を目にしてすぐそう思った。
IP(知的財産)の最大化にデータマネジメントが貢献する、多くの人にとっても興味深いテーマだが、私の場合、一般企業の方とはまた違った思いがあった。JDMCの事務局にかかわって12年経つが、「データマネジメントを知らない方に一言で説明する」ことはなかなか難しく、言い方を日々考えている私にとって、この講演からヒントが得られると直感した。
JDMCの会員の皆様には言うまでもないが、データマネジメントの領域は年々広がっており、トップランナーたちは「攻めのデータマネジメント」のフェーズに入っている。ところが、JDMCの外の方と話してみると、データマネジメントの一般的なイメージはデータを使える状態にする、前処理の担い手、といったものにとどまっていることが多い。
データマネジメントを正しく知ってもらうには、データの準備や管理、活用の先にある、ビジネスや利益への貢献についてもっと語る必要があると感じている。「IP価値の最大化」はそのものずばりの話だろうと期待し、2023年11月28日、『真のデータ活用を考える1日』(https://01.primenumber.co.jp/event/2023/)」というオンラインイベントに参加した(主催はprimeNumber)。
■データ活用を進めていくコツは「イノベーター」、探せば必ずいる
講演の正式題名は『データマネジメントはIP価値の最大化にどう寄与するか?~IP×データで事業成長を目指すバンダイナムコグループの構想とは~』、講演者はバンダイナムコネクサスのデータ戦略部データストラテジーオフィス データインフラストラテジーセクション セクション長の吉村武さん。バンダイナムコネクサスはJDMCの会員企業である。
期待通りの講演で聞きながら「なるほど」「そうか」と何度もつぶやいていた。まずタイトルの「データマネジメントとはIPの最大化」。簡潔にしてインパクトがある一言説明である。
バンダイナムコグループは「IP軸戦略」をとっている。ここでいうIPはゲームなどに登場するキャラクターとそれをとりまく世界観や特性を指す。IP軸戦略とは、こうしたIPを活かし、最適なタイミングで最適な商品を届けること。具体策は多岐にわたるが、データの活用が極めて重要で、だからデータマネジメントの話になる。
IP軸戦略を支えるデータ戦略の全体像を「データユニバース」と呼び、三層構造で定義している。それに続いてデータマネジメントを実行する組織体制を設計し、そしてハイライトは、それらを有効に動かすためのポイントだった。
ポイントは「実効性のあるガバナンス組織」「データマネジメントチームの確立」「グループ会社との協業」の3点。3点について他社の参考になる工夫があれこれ語られた。
まず実効性のあるガバナンスについて。情報セキュリティやプライバシーの基準をデータマネジメントチームがデータ基盤にあてはめて標準化し、それをグループ各社に適用してもらっている。
データユニバースという共通の構想を掲げつつ、各社がやるべきことを一つひとつを積み上げていけばそこにたどり着ける、というやり方をとって実効性を高めることがポイントだ。「いきなり大きな城を建てようとすると途中で疲れてしまう」ことがあるから、小さな成功体験を作って、それらを積み上げていく。
2点目は、データマネジメントチームの確立。開発チームとうまく噛み合って機能できるよう、たとえば「クエリを投げても待たされない」といった品質基準を作り、それらを担保することを共に取り組むという形で連携を図っている。
3点目は、グループ会社との協業。データ活用を進めていくコツは「イノベーター」である。イノベーターとは、データ活用に本来積極的な人のこと。探せば必ずいる。例えば日々の営業日報をうまく使っている営業の人は、営業に関するデータに詳しく、周りの信頼も厚く、「営業データのことならあの人に相談しよう」と言われている。そういう人がイノベーターであり、見つけて巻き込むことが非常に重要である。
■データマネジメントって人間ぽい。「ルールを上から押しつけない」ことが大事
講演全体を通して記憶にしっかり残ったことは大きく2点ある。まず、データ基盤を築いた後、いかにうまくデータを使い、組織を動かすかを機能の観点でしっかり組織設計すること。
グループ本社とグループ会社、それらをつなぐバンダイナムコネクサスの役割、バンダイナムコネクサスの中のデータ組織、職種による役割がきちんと決まっている。個々の役割を決めただけではなく、データ組織全体の中で複数の役割の人による連合軍を作るなどの柔軟性も持たせた緻密な設計がされている。
もう1点はいわゆる人間系。やる気がでる、人間らしさが発揮できる、個人の能力を尊重するといった工夫を随所にこらしていることが挙げられる。
一例として、管理運用についてルールを上から押しつけない。たとえばドキュメントの標準を用意し、Notionというツールを使い、「こうしたドキュメントをどのグループ会社でも作りましょう」と、ナレッジの集約と標準化を進めている。こうした地道な取組みによって、データマネジメントの取り組みにおいて同じことを最初から繰り返さないよう効率化が図られている。
ドキュメントの標準を作成する際はデータ品質分科会を開き、「どういうドキュメンテーションをしたら良いのか」を各当事者が集まって十分に議論をした。ルールを自分たちで作り、それを守るようにしたことが上からの押し付け防止になっている。
講演では実際のビジネスに寄与した具体例が説明された。その中でもやはり人に対する工夫があった。ある商品の数カ月後の需要を見越して生産するに当たって、これまでは商品の担当者だけで行っていた予測を、データサイエンティスト(データ分析者)が担うようにした。変革においては現場の担当者とデータ分析者が組み、業務フローを見直した。
新しい業務フローに従って、データ分析者は最適な生産数を担当者に提案し、提案を受けた担当者は実際のビジネス状況を考慮して最終的な発注数を決める。データ分析者が陥りがちな予測への執着を防ぎ、実際にまわる業務フローに合わせた予測を作ることに成功している。
■データマネジメントはプロジェクトではなく文化
締めくくりの「データマネジメントはプロジェクトではなく文化」という吉村さんの発言には特に感銘を受けた。「一時的なプロジェクトとして進行中のデータユニバース構想だが、データ活用が日常化すると、もはやプロジェクトではなく文化。『データ活用しないと損だ』という文化に持っていく」。
そのために「一番話したいこと」として吉村さんは次のように語った。「小さな成功事例を積み上げていくことが大事。積み上げていくためには横展開が非常に重要。社内で信頼されているイノベーターと『データの活用が効果的』という会話を積極的にすることで、イノベーターを通じて『データ活用っていいね』という認識が組織内で広く受け入れられ、(データマネジメントの取り組みが)スケールしていく」。
講演を聞き終えて関心を持ったのは「吉村さんのようなデータマネージャーは、どのようなケイパビリティを持ち、それらはどういう経験によって培われたのか」ということだ。 ぱっと考えても、社内政治の動きに対処するためのコミュニケーション能力、データエンジニアと会話できる技術知識などが必要だろう。
講演資料には「新卒でヤフーに入社し、エンジニアリングの業務を経験。その後2018年に子会社PayPayカードにてデータマネジメントを目的とする組織CDO室の立上げを行う。現在は、バンダイナムコネクサスにて、バンダイナムコグループのデータマネジメントを推進している」という経歴が載せられていたが詳しい説明は無かった。
「そういう能力があればそんな仕事ができるのか」と、これからデータマネージャーを目指したい人へ魅力を伝えられたらよいと思う。今度吉村さんに聞きにいこう。
<関連ページ>
詳細はprimeNumber社のレポートへ
https://blog.trocco.io/event-report/01-report/2023-bandainamco-nexus