日本データマネージメント・コンソーシアム

その他

(3) MDMとデータガバナンスの動向

~ 米国での中長期動向における注目ポイント

伊阪コンサルティング事務所代表 伊阪哲雄

2000年以降、データ・マネジメントを中核としたコンサルティング活動を行ってきた。その経験を踏まえて、筆者の視点から米国を中心とするMDMとデータ・ガバナンスの動向を連載形式でお届けする。
第二回目はこちら

MDM(マスターデータ管理)及びデータ・ガバナンスの推進は、ある程度の期間、即ち最低五年程度の期間を要する。したがって、中長期的動向への考慮が必要不可欠である。そこで、第二回目・第三回目の連載では、MDMインスティテュート (The MDM Institute)の代表であり、筆者の20年来の友人でもあるアーロン・ゾーン(Aaron Zornes)のプレゼンテーション(「MDM&データ・ガバナンス・サミット・ニューヨーク 2015*(MDM & Data Governance Summit New York 2015)」におけるもの)を中心に、中長期的動向にかかる視点にとってヒントになるであろうと思われる動向に関する予測を、以下の11点に絞り、筆者の見解を加えて説明したい。

1.「MDM as a Service」の具現化とその普及促進
2.データ・ガバナンスの課題
3.MDM運用におけるBPM(ビジネスプロセス・マネジメント:業務処理管理)の適用
4.業務上の不可欠なMDMに関する戦略的な計画と仮説
5.複数ドメインMDMに関する戦略的な計画と仮説
6.RDM(参照データ管理)への期待
7.クラウドMDMへの期待
8.ソーシャルとモバイルMDM
9.一時的MDM
10.ビッグデータとインメモリ
11.最も典型的なMDM導入手法
 
*  前回の連載の後で「MDM & データ・ガバナンス・サミット ニューヨーク」の特性について質問されたので、お答えする。

MDM & Data Governance Summit New York 2015概要

①シリーズとして、北米、英国、APACなどで毎年5-6回開催しており、中でもこのニューヨークで開催されるものがセッション数、参加者数で最大規模である、②総セッション数:45、③参加者:約600名、④期間:延べ3日、⑤参加費:約15万円。

以上が形式的な特性であるが、特筆すべきはサミットへの参加者の意識や質が非常に高いことにある。海外のこの種のカンファレンスではよくあることだが、費用は参加者個人が負担する。それが、本サミットでは60%以上の参加者が負担するとのことである。費用の額は、たとえば、米国東部地区からの参加者の費用負担は約30万円にも及ぶ(ニューヨークまでの往復交通費、ホテル代等で約15万円、参加費で15万円。) 注1本サミットは、参加者にとって個人のキャリア・アップの重要な一つの手段として認識されている。本サミットの参加者は、データ・マネジメントの実務経験者であり、事前に学習も怠らず、極めて真面目に参加する。真面目が度を越して、時として、質問が個別的案件に特化しすぎて周りに迷惑をかけるようなことを筆者は度々見てきた。また、参加者の質が高いため、参加者相互の人脈づくりの場としても機能としている。

一方、日本でこのようなカンファレンスを実施すると、有償の場合は驚くほど参加人数が少ない。情報取得を個人ないし企業の投資行為と認識していない点が日米の決定的相違点である。思うに、積極的に投資を行うことにより真剣度合いが増し、多くの知見を効果的に蓄積することが可能である。無償で入手した情報は蓄積と活用の目的からすれば効果的なものになりにくい。

注1
日本から参加する費用
日本からは航空運賃を含め、平均的に35万円である。従って、参加費を含むと延べ約50万円となる。

 
最初に断っておくが、本稿には読者にとって耳慣れない専門用語及び本邦に紹介されていない製品名並びに企業名が登場するが、本稿内では詳細な解説はあえて行っていない。これは、本稿ではあくまで「中長期的視点」を簡潔かつ明確に示すことを意図しているためであり、何卒了解してほしい。ただし、これらに関する質問や疑問又はご意見がある読者には、個別に適切にお答えするので、筆者まで問い合わせ(isaka@isaka.com)をお願いしたい。

第三回目となる今回は、上記のうち7~11について説明する。(第二回目はこちら)

7.クラウドMDMへの期待(クラウド機能化とアーキテクチャ統合)

MDM機能が適用される業務アプリケーションは、パブリック・クラウドに移行していくだろう。特に部門別/機能別/地理的別に分散された組織では顕著だろう。

  • 中堅企業に対しては、MDMのために長期プロジェクトと大規模投資をする必要は大きく減少するだろう。なぜなら、2016年内には、中堅企業向けに魅力的な単一ないし複数のクラウドMDMサービスが提供されるためである。一方、大規模企業に対しては、多様なオファーがなされる。オファー内容は、自社システムとしての構築、クラウドサービスによる構築、地理的分散組織の分散アーキテクチャ、概念実証(PoC: Proof of Concept)などである。
  • 2015年から16年には、セールスフォース・ドットコム、SAP Business By Design (BBD)、及びその他SaaSにより提供される業務アプリケーションと既存自社内システムとのMDM統合が実現されるだろう。このため、企業はそれら既存自社内システムへのMDM対応とクラウドデータ統合との双方の課題と格闘することを余儀なくされる。多くの企業は、顧客/製品/供給者に関する自社内マスターデータについてパブリック・クラウドでの管理を望まない傾向にあるが、MDM統合についてはクラウド導入実績が増加しており、この傾向の例外となるだろう。
  • 2017年までに、クラウド上でのデータ品質とデータ・ガバナンス機能はより普及するだろう。企業におけるクラウド上の業務アプリケーションとの統合は増加し、同時にクラウド上の個別対応型トランザクションハブ型MDMも存続するだろう。

8.ソーシャルとモバイルMDM

データに関わる処理は実世界の複雑な事象と有機的に融合すべきである。そのためには、特に、B2C系、即ちスマートフォンの普及により創出された市場と肥大化したSNSにおける複雑なデータ関係について考慮したアーキテクチャが必要となる。

  • 既存のMDMにおける「特定の個人(例えばAさん)に関する認知不能データ」について、ソーシャルとモバイルMDM の活用により得られるAさんの360°ビューは、従来とは全く異なる新たな価値を創造する。ソーシャル・ネットワーク内での電子マーケティング/電子取引が機能する確かなマスターデータの提供により、ソーシャル・データから法人、世帯ないし個人を特定し、さらに自社データとのマッチングにより得られる効果から、企業はソーシャルとモバイルMDMの必要性を認識するだろう。
  • 多様な営業戦略の一つとして、ヤフー・ワレットとかグーグル・ワレット等のワレット情報について個人から外部サービス対する情報共有を推進するために、次世代MDMは広範囲で曖昧な関係に取り組み、 いわゆる“影響領域”に関わっていくだろう。多くの業種におけるユースケースに対し、SoRを包含したSoE2が取り組まれ始めるだろう。
  • ユーザー位置特定情報を持つスマホ位置ベース・サービス事業者は、主要ソーシャル・ネットワーク内外の電子取引についての使用料をつり上げていくだろう。

2
SoRとSoEに関する要点
システム構築の対象が、単に既存の「Systems of Record」(SoR:記録のためのシステム)を保守・拡張するだけでなく、外部のサービスと連係する「Systems of Engagement」(SoE:人との関係を構築するためのシステム)や「Systems of Insight」(SoI:SoRとSoEの両方から新たな知見から洞察を得るためのシステム)の構築へと拡大しつつあることを認識する必要がある。

9.一時的MDM 3

従来のMDMモデルと異なる「一時的MDM」という新しい概念のMDMモデルが提唱されつつある。一時的MDMとは、グラフ型データベースを適用したMDMであり、その効果として大幅な処理時間短縮が期待できる。一方、一般的な従来のリアルタイム・ベースMDMは、データ構造が複雑でデータ量が莫大であり、リレーショナル・データベースが支配的である。

  • 従来のリアルタイム・ベースのMDMモデルで行われている大量の一括処理でのマッチング処理とマージ処理から、ニア・リアルタイム注4で適正なタイミングで更新可能な高度なデータ統合アーキテクチャにより、MDMに対する要求はさらに複雑になる。 この要求の複雑化に対応するため、リレーショナル・データベースに基づく大手MDMベンダー・プラットフォームは互いに性能強化の面で競合していくだろう。ただし、意味論モデルへの対応にかかる投資負担増のために、一時的MDMと従来のリアルタイム・ベースのMDMに関する次世代MDMソリューション開発は想定外の遅延が生じてしまうだろう。
  • 一時的MDMは、過去/現在/未来の時間空間における特定時点でのエンティティと構造的な関係を閲覧し、管理するための機能を提供する。このため、コンプライアンスの管理、監査機能といった企業管理を実現するソフトウェアとして、一時的MDMの導入は義務付けられていくであろう。
  • 2017年には、「一時的MDM」はMDMプラットフォームの基本機能として認知され、主要MDMベンダーはこの機能を具備するだろう。

3
一時的MDM
“Temporal MDM”の翻訳である。未だ日本語訳がないため、筆者が暫定的に命名した。

注4
ニア・リアルタイム
ニア・リアルタイムとは、リアルタイムに近いという意味であるが、データ・マネジメントにおいて意味するところは、データ使用に際して適正に更新されていることをいう。言い換えれば、データにとって適正なタイミングで更新されていることである。

10.ビッグデータとインメモリ

ビッグデータは、継続的なマスターデータ管理業務とデータ・ガバナンス業務との両方を本質的に必要とする。

  • 基本MDM機能の効率は、巨大なメモリー構成により実現される性能向上から得られる。性能向上の対象は、実運用での更新対象選択プロセスとMDMハブの一括読み込み処理プロセスである。この性能向上より、Hadoopの対象になるような巨大なBI規模マートの管理では、「解析型MDM」の利用が増えていくだろう。
  • 2016年中には、MDM基盤内それ自身は強制的にビッグデータ対応を加速していくだろう。この対応には、レジストリ型MDMにおいてレジストリの上書きすることで行われる。さらに、ソーシャルMDMデータを取り込み、各種ビッグデータ保管システムでのエンティティ照合を行うビッグデータ・マイニングにより、各種データ(公開、外部データ購入、企業内部、など)からエンティティの360°ビューに関するデータ供給が行われる。
  • 2017年までには、クラウド・ベースのソリューション、インメモリ・データベース及び次世代ETL/MDMの順応性により、巨大法人(金融サービス、巨大政府機関)は、MDMに対して、リアルタイムMDMフローとMDMソリューションについての拡張性を期待するだろう。拡大レイヤとして複数MDM上に展開するために、メモリー・データベースはさらにグラフ型データベースの機能向上を促進するであろう。

11.最も典型的なMDM導入手法

欧米では、複合/ハイブリッドが最も典型的なアーキテクチャであり、レジストリ/仮想が二番目である。下記の表に導入方法の類型を説明し、各類型に対してJDMCによる調査からわかった日本国内動向を説明する。
 

実行方法具体的手法日本国内動向*
I.  外部サービスの活用型1   データベース・マーケティング提供者

 

2   広義のデータ・サービス提供者(多様なデータ・サービス[紙媒体、メディアなどを含む])

3   アウトソーシング・サービス提供者

4   狭義のデータ・サービス提供者(DaaS: Data as a Service)とクラウド・ベースを含むデータ品質サービス提供者

欧米系のデータ事業者の一部を除き、アウトソーシング企業が未だ参入がまれであるため、ユーザーが未検討
II. 従来型(データベース)① マスター顧客情報ファイル/データベース

 

② 実運用データ保管システムと既存データウェアハウス

③ リレーショナル・データベース + ETL + データ品質

大半のユーザーが活用
III.  レジストリ型(仮想)A   メタデータ・レイヤ+ 分散クエリ(企業情報統合)

 

B   企業業務アプリケーション統合

C    ポータル

D   階層型レイヤ

極めて先進ユーザーが導入
IV.  複合型(混成:ハイブリッド)a    高度に調整されたパーフォーマンスのための能力

 

b   内容が保持された多くのマスターデータを代替機能による可用性

c    XML、Webサービスとサービス指向アーキテクチャ(SOA)

欧米企業の日本法人では散見されるが、日本に本社が存在する企業では極めてまれ
V.  チェルノブイリ型コンクリートで完全に封じられた発電所のように、汎用機が用いられている故に、完全にカプセル化された業務アプリケーション大手金融を中心に非常に多く存在

* JDMCによるユーザー調査と成熟度調査事例に関する調査結果より(2015年末現在)

以上で、第二回目と今回とで説明した、MDM及びデータ・ガバナンスに関する、中長期的動向に関する予測をひとまずは終える。
文字数制約から詳細には言及できていないが、データ統合、MDM、データ・ガバナンスなどの推進、ソフトウェア選定とSI事業者選定などに関して、具体的な関心がある方は、遠慮なく問い合わせ(isaka@isaka.com)をお願いしたい。

─ 伊阪哲雄プロフィール ──────────────────────

データ・マネジメントを専門とするITコンサルタント。1970年、外資系大手コンピュータ・メーカーに入社して以来、一貫してデータ・モデリング/設計やデータ・クレンジング、データ統合、マスターデータ管理、データ・ガバナンス、人材育成に関わる支援を行ってきた。特に通信業界、医薬業界や、金融業界のデータ・マネジメントに詳しい。米国のデータ管理系コンサルタントと幅広い交友関係があり、米国など海外の事情にも通じ、例えば米MDM Instituteが主催するカンファレンスに毎年欠かさず、10年間参加している。

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