~CDO(Chief Data Officer: 最高データ責任者)の主要役割と機能
伊阪コンサルティング事務所代表 伊阪哲雄
本稿では、複数事業部が存在する大手企業(社員数が5,000人を超える企業即ちエンタープライズ)におけるデータ・マネジメントの最終責任者であるCDO(Chief Data Officer: 最高データ責任者)についての役割及び機能について説明する。データ・マネジメントの活動を正しく推進するために、CDOを頂点として、事業部門別データスチュワード、技術スチュワード、業務スチュワード、EA(Enterprise Architecture)とIT支援チームなどによるデータ・ガバナンス体制が必要となる。本稿ではCDOに注目して説明し、CDOを支えるこれら多様なスチュワードの実務及び機能の詳細については次々回以降に述べる。
COBIT4及び5注1によると、データ・ガバナンスは、コーポレート・ガバナンス、業務ガバナンス、ITガバナンスの基盤を支えるための「前提的な」機能として位置付けられている。さらに、「平成28年度版経済財政白書」においてもコーポレート・ガバナンスの重要性が経済成長における重要事項として相当数のページがさかれている。
注1:COBIT: Control OBjectives for Information and related Technology
情報システムコントロール協会 (ISACA)とITガバナンス協会 (ITGI)が1992年に作成を開始したIT 管理についてのベスト・プラクティス集(フレームワーク)である。COBIT はマネージャ、監査人、ITユーザーに一般に通じる尺度や判断基準、業務プロセスやベスト・プラクティスを提供してITを利用して得られる利益を最大化するための補助とし、企業内の適切なITガバナンスや内部統制の開発の補助となる。
1.CDOに対する概念規定ないし定義
- スニール・ソワール(Sunil Soares、データ・ガバナンスの世界的権威)の定義
多くの先進企業において、集中化されたデータ管理部門が確立されている。これらの部門は「エンタープライズ・データ管理部門」、「エンタープライズ情報管理部門」、または「チーフ・データ・オフィス」などと多様に言及されている。これらの部門がどのような名称であろうと、これらの部門にはいくつかの共通の特性がある。それは、エンタープライズ資産としてのデータに対する説明責任を所管する部門であること、さらにデータを利用する事業部門に対する報告が増加傾向にあることである。これらの部門の責任者は、エンタープライズ・データ管理副社長、エンタープライズ・データ管理上級副社長、エンタープライズ情報管理上級副社長ないしエンタープライズ情報管理上級副社長などの肩書を持つ。これらの肩書を持つ指導者がCDOとして指名される。
- ミシェル・ゴエツプリン・シパル(フォレスター・リサーチ・アナリスト)の定義
CDOはエンタープライズ資産としてのデータと情報に対する役員レベルでの責務と説明責任があり、そのミッションは、データに対するビジョンと戦略を定義し、データ・ガバナンスを確立し、導き、新規のビジネスモデルの実施と導入についての見識を得るために、事業部門において、データ機会を継続的に広範に渡りくまなく探すことである。
- 伊阪コンサルティングの定義
CDOとは、エンタープライズ・データ管理についてデータ・ガバナンス管理を基盤として内部業務処理と外部コミュニケーションの双方に対し正確に定義し、容易に統合し、かつ効果的なデータ参照を組織内で活用する能力を維持・管理する仕組みを効率的に推進する経営レベルの責任者である。
2.CDO設置による効果
経営の三要素(ヒト、モノ、カネ)といわれ、第四の要素として、「情報」の重要性が話題として語られてきた。しかし、現実には情報管理について以下のよう問題が存在する。
1) 情報価値認識が経営層及び幹部に希薄
2) 経営における情報資産としての価値指標化と実務的活用不足(情報資産の計数化に関する問題)
3) 情報価値維持と質的向上のための継続的努力不足
4) 上記を支えるための体制と組織と専門性の確保不足
狭義な意味での情報については、従来から情報システム部門が主幹してきた。情報システム部門は、どちらかといえば、情報管理機器及びソフトウェア管理に重きを置き、データ管理という点からの機能として不十分であることが指摘されてきた。
そこで、企業の資産としてのデータを中核に統合的情報管理を行う機能として、CDOが位置づけられるようになってきた。CDOは、以下の四大課題について効果的に対処し、企業内に散在しているデータ資源を統合的共通尺度により、一元的に情報として管理することが企業価値を押し上げ向上する。このようなデータ・ガバナンスへの基本的認識が北米と西ヨーロッパで急速に普及してきている。具体的には以下の四項目がその管理対象である。
1)規制環境
全ての大手企業は当局から何らかの規制を受けており、特に金融関係企業と保険関係の企業はバーゼルIIIなどの強いコンプライアンス遵守を要求されている。その中核となるのは多様なデータ管理が法令遵守されているかということである。CDOは当局から問い合わせまたは監査に対して正確かつ適正に回答できる能力を求められる。従来はどちらかと言えば定性的な回答で処理されてきたこともあったが、近年は極めて精度の高いデータの提示が求められてきている。
2) データ価値化
データ価値化とは、データから事業価値の定量化を導くプロセスと定義できる。企業役員は以前にも増してデータの価値認識を求められており、さらに部門内全体のデータ解析が必須事項である。このようなデータ活用において、CDOはプライバシー視点、規制遵守、ブランドへの影響などを管理する義務がある。
3) ビッグデータ
従来のIT部門においては馴染みのない対象であったが、近年急速に注目を集めている。多様な外部データと多くの機器から収集可能な莫大なデータがあり、CDOは積極的にHadoop、NoSQLの活用を推進するべきである。
4) データ政治学(Politics)
自社製品、顧客、仕入先などに関する莫大なデータが存在し、それらの莫大なデータは常に最新状態に更新され、かつ正確にクレンジングされている必要がある。それと同時に、社内的政治構造を考慮し、各種データ所有者(Data Ownership)を任命し、継続的管理を取り纏める責任がCDOにはある。部門内また部門横断的なデータについては微妙な問題であり、集中データ管理についてはCDOが最終責任者であり、部門別データ管理についてはCDO及び部門責任者との合意に従う担当者が行い、CDOはその維持管理のモニターを行う。
CDOのレポート提出対象役員は、CEOないし社長、その他代表権のある役員、その他情報システム担当役員、営業担当役員、生産・製造担当役員、マーケティング担当役員、財務・経理担当役員などである。CDOが社内的に認知され機能するためには、各担当役員との密接な連携が前提であり基本的な条件でもある。CDOが各部門のデータ関係担当者への人事権に対してどの程度の影響力を発揮できることが極めて重要なことである。
3.CDOが対処する代表的課題
データ・ガバナンスは、CDOが社内的に認知され効果的に機能することが決定的与件である。具体的には以下の六項目がCDOに求められる基本的なスキルであり、同時に政治的問題・課題でもある。
A) いかにデータ・ガバナンスを系統的に整備するか?
B) いかにデータの業務管理者を機能させるか?
C) データ方針、データ標準とプロセスをいかに規定するか?
D) データ方針、データ標準とプロセスをいかに遵守させるか?
E) データ方針、データ標準とプロセスのコンプライアンスをいかに執行させるか?
F) 技術をいかに活用するか、特にビッグデータの脈略(コンテクスト)ついてどう機能させるか?
4.CDOが主幹する諸機能
CDOが主幹する機能は、DAMA(Data Management Association International)により提唱されている「DMBOK」(Data Management Body of Knowledge)のモデルを参考にし、データ・ガバナンスの機能を技術的な視点で、以下の17項目が構造的に整理されている。CDO及びCDOが管理する部署であるデータ・ガバナンス事務所(Data Governance Office)は、これらの項目の機能的要件を満たし、機動的なデータ管理能力が求められる。
管理対象 | 機能概要 |
① 情報方針管理 | データ管理実務を当局と社内コンプライアンス、などの観点からの厳しい監視に従うための情報方針管理機能 |
② データ管理者設定と適正運用監視 | 範囲内でのデータのセキュリティ、プライバシーのサポート、信用と信頼に値する特性に対する責任のある個人を特定するプロセス |
③ データ・アーキテクチャ管理 | データ・システム間に発生する相互に作用するモデル構造としてデータ・システムの関係を規定する統制管理 |
④ データ・モデリング管理 | 企業内データ・モデルの作成と組織内で柔軟性が高く安定的な業務環境を推進するための共有方法を現実的に精度高く流通する記述方法の管理と改善の機能 |
⑤ 業務用語集 | 重要用語のリポジトリで業務とIT横断し共通の定義をまとめる辞書機能 |
⑥ データ統合管理 | 3種(大量データ移動/データ複製/データの見える化)の技術 |
⑦ データベース管理と運用 | データ辞書(リポジトリー)の管理 |
⑧ データ・セキュリティとプライバシー管理 | 企業内データのセキュリティとプライバシーの確保、データ・マスキングとデータ暗号化とデータのトークン化とデータ監視機能 |
⑨ マスターデータ管理 | データを理解するプロセスで、システム内の所在と他のデータとの関係の明確化する機能 |
⑩ 参照データ管理 | 比較的変化の少ないデータでシステム共通に参照されるデータの管理 |
⑪ 業務処理管理(BPM) | 業務処理を調整する全体論的な管理機能 |
⑫ データウェアハウジング管理 | レポーティングと解析に関する集中化されたリポジトリの作成・管理 |
⑬ 重要データ・エレメント管理 | 規制管理、運用効率並びに業務インテリジェンスに重要な影響を与える属性管理 |
⑭ メタデータ管理 | 名前、場所、値、桁数、形式などの関係するデータの特徴を記述されたデータ管理機能 |
⑮ データ品質管理 | データの品質と完全性を測定し、改善する方法並びに名寄せを含む統制機能 |
⑯ 情報サイクル管理 | 情報の作成から廃棄に至るプロセスの一連を管理する機能 |
⑰ コンテンツ管理 | デジタル化、収集と紙並びに電子化ドキュメントの分類のプロセス管理 |
本稿では、CDOの主要的役割と機能について、斯界の大家が提唱する考えや現状の実施形態を鑑みて説明した。次回は、この説明を踏まえたうえで、我が国でのCDOのあり方として、日本的風土を考慮した「日本型CDOとその主要機能と組織」について提案したい。
文字数制約から詳細には言及できていないが、データ統合、MDM、データ・ガバナンスなどの推進、ソフトウェア選定とSI事業者選定などに関して、具体的な関心がある方は、遠慮なく問い合わせ(isaka@isaka.com)をお願いしたい。
─ 伊阪哲雄プロフィール ──────────────────────
データ・マネジメントを専門とするITコンサルタント。1970年に外資系大手コンピュータ・メーカーに入社して以来、一貫してデータ・モデリング/設計やデータ・クレンジング、データ統合、マスターデータ管理、データ・ガバナンス、人材育成に関わる支援を行ってきた。特に通信業界、医薬業界や、金融業界のデータ・マネジメントに詳しい。米国のデータ管理系コンサルタントと幅広い交友関係があり、米国など海外の事情にも通じ、例えば米MDM Instituteが主催するカンファレンスに頻繁に参加している。