日本データマネージメント・コンソーシアム

レポート

テーマ3「海外先進事例に学ぶ行政データマネジメント研究会」より

「日本の電子政府の歩みと課題」

講師:森田勝弘(政府/法務省CIO補佐官)
日時:2013 年10 月8 日(水)18:30~21:00
場所:三菱電機インフォメーションシステムズ

進まない電子行政

日本でデータベース(DB)が注目され始めたのは、1980年代、私が日本ソフトウェア株式会社を経て、三井情報開発株式会社に勤めていた頃だ。

当時、日銀から、金融ビッグバンに備え考査・検査業務を高度化するために、邦銀の経営実績データをデータベース化し、大蔵省と共同利用できる金融データベースを構築したいとの話しがあり、米国の銀行監督業務におけるデータベース活用状況とDBMS製品を紹介した。この仕事が縁で私は日本銀行に請われて移籍し、1986年~1999年の間、業務管理局調査役、システム情報局システム技術担当参事補、企画研究課長などを務め、金融データベース開発をはじめとする主要なDBシステム開発プロジェクトの推進、及び同行のシステム開発体制の近代化とガバナンス強化を担った。それから日本アーンストアンドヤングコンサルティング株式会社、アクセンチュア株式会社に籍を移した。2004年5月~2005年7月には法務省情報化推進支援要員、2005年4月からは県立広島大学経営情報学部の教授に着任した。そのかたわら2005年8月からは法務省CIO補佐官(2013年4月から政府CIO補佐官)を務め、いま9年目を迎える。

この間、日本政府の情報化や電子政府に対する取り組みに関わってきたが、現場には課題や矛盾が多く残されたままである、というのが偽らざる思いだ。

電子政府の取り組みは、2001年のe-Japan戦略以来、何度も看板をかけかえつつ、今日まで続いている。


その内訳をみると、項目の優先順位に変化はあるが、ほぼ同じことを繰り返しているようにも見える。国民の側から見ても大きな変化が実感されているとはいいがたい。各種の申請手続のために、住民票などの必要な書類を添付して窓口に並ぶ光景が今も続いている。

なぜだろうか。私なりに、これまでの電子行政に対する疑問点をまとめると3つある。

1、費用対効果の検証がなされないままで、電子申請システムが整備されていないか。
2、システムの刷新を中心とした取り組みにとどまっており、業務改革が不十分ではないか。
3、 電子行政の司令塔がなく、国全体で統一された電子行政が推進されていないのではないか。

という点である。

平成20年(2008年)度におけるオンライン申請システムにかかった経費は約300億円である。そのうちの64のオンライン申請システムについては、利用率10%未満が15システムもあった。特に利用率が低迷し、改善の見込みがない10システムは平成21年度までに停止された。

最適化計画の実施により、平成21年度実績として約550億円の運用コスト削減(最終的には約1100億円)が実現し、コスト削減には一定の成果が出ているという。ただ、この数字は精査が必要だろう。業務見直しが不十分としてプロジェクトの推進をいったんストップしているものもある(旅費等内部管理業務など)。報告されているほど運用コストの削減が大幅になされているのであれば、それに見合う業務改革がなされていなければ、辻褄が合わない。


業務改革(BPR)で行政機関のコストが削減される理由

パスポート申請手続きを例に取ろう。パスポート申請情報の論理モデルは、次のようになっている。

この論理モデルを反映した現行の業務プロセス(As-Is)を見ると、申請者が市町村役場などから住民票、戸籍抄本を取得し、申請書と併せて申請窓口に提出する流れになっている。

国民に、住民票と戸籍抄本等を、市町村の窓口で「1枚200円」ほどの金額を支払わせ、取得・持参させる業務プロセス(黄色い部分)があるが、これは余計である。なぜなら、その程度の個人情報であれば、申請の受付機関が、必要に応じて、住基ネット等を利用して、直接、市町村役場から取り寄せれば済む話だからである。わざわざ国民を、官から官への書類の「運び役」にする必要はない。これでは主客転倒だ。

また、わざわざ申請窓口に来訪するまでもなく、Web上で完結させてもよい。航空チケットやホテルの部屋の予約は、いまではWebでまとめて行える時代である。昔は旅行代理店の窓口でやってもらっていたが、いまは業者と顧客の両方にとって都合のよい「セルフサービス化」が主流である。

こうした見直しの余地がある業務は、不動産の売買、そして許認可が必要な商売を始める時の手続きでも多々見られる。

前者に絡めていうと、不動産の所有権移転等の登記手続きについては、法務局では、住民票を必要とする部分については、住民基本(住基)台帳コードを書き込むだけでよく、提出は不要となっている。法務局の職員がそのコードを手掛かりに住基ネットを使って確認しているからだ。現状では、職員が手作業でやっていて、データ連携による自動化の仕組みまではできていないが、国民を紙文書の「運び屋」にさせないことは、やればできる、ということだ。ただし、旅券については、これを実現するためには、旅券法第三条第一項、及び第三項の改正が必要である。ハガキ郵送による居住地の確認の必要性については、そもそも疑問だったが、既に平成21年度の制度改正で廃止となった。警察庁における自動車運転免許申請に関しても、住民票の提出は不要なはずであり、道路交通法施行規則の改正と住基ネットの利用により対応可能である。

後者のビジネス開業の許認可における個人確認要件については、質屋営業許可と古物商営業許可を例にとろう。申請先の認定機関はどちらも都道府県公安委員会だが、申請書に記載する事項や提出する書類が異なる。それを規定しているのは、それぞれ質屋営業法施行規則、古物営業法である。申請人が成年被後見人と破産者でないことの確認のために、古物商営業許可申請では、登記事項証明書と身分証明書の提示が求められるが、質屋営業許可申請では、それが明確に規定されていない。つまり、同じような申請手続であっても、個人属性の確認要件が異なるのである。

両者のデータモデルを書くと、この点がよくわかる。

◆質屋営業許可申請の個人確認要件

◆古物営業許可申請の個人確認要件

この二つは、「なんだ同じじゃないの?」と思われる方も多いだろう。同じような業務システムであれば、アプリケーションは2つ要らないのではないか。最近の「世界最先端IT国家創造宣言」で戦略目標に掲げている、システム数の半減とか、運用コストの3割削減という目標は本来、こういうアプローチで実現するものではないかと思う。

法制度の見える化

さきほど、旅券発給申請の見直しをするのであれば、旅券法の改正が必要だと述べた。もし、BPRをするのであれば、法制度を変えなければならない。行政の裁量余地で、便利だからといって勝手気ままにやられたのでは法治国家としての根幹が揺らいでしまう。ただ、その法制度自体が、非常に分かりにくく、専門家(弁護士)でなければわからないところに問題がある。

情報システムが、法律を根拠とする業務要件に基づいて設計開発されるのであれば、技術者にも理解できるものでなければならない。ところが実際にはそうなっていない。

先述の古物営業法では個人確認要件が本法の条文に記されている。だが、質屋営業法では、本法ではなく、その施行規則の方に書いてある。本来、長くデータベースをやってきた私のような人間にしてみると、行政手続きの論理的な構成要件と、それを実際に進める上での物理的な手順とは、パートを分離しておくべきと考える。いまは、それがごちゃまぜで、システム化の阻害要因となっている。

この電子政府化の時代に至っては、法律規則には概念モデルを添付すべきだ。そうすることにより、情報モデルはこうなる、業務プロセスはこうする、という「見える化」ができるようになる。技術者にも正確に内容が理解できる。行政の用語についてもしかりである。「申請」と「請求」、「発行」と「交付」、意味的に同じであれば、統一すべきだ。タクソノミー(分類学)の共通化も問題である。

行政手続において共通的に使われるシステム機能は、部品ライブラリー化し、それを行政機関全体で共用コンポーネントとして利用すれば、開発はコアの業務処理部分だけに集中できるようになる。調達においても新規ベンダーの参入が容易となり、選択肢が拡がるだろう。

上述のような抜本的な対策を講じずに、ちまちまとシステムの数合わせをしても、本質的なコスト削減にはならないと思う。また、「オンライン化率」ではなく、ペーパーレス化やセルフサービス化の達成率をKPIにすべきである。

行政EAは4階層ではなく5階層であるべき

政府は最適化計画指針にEA(Enterprise Architecture)を取り入れているが、これにも疑問がある。競争戦略やSWOT分析から入るのは民間企業ならわかるが、国はそうではないはずだ。せめて、BSC(Balanced Scorecard)にしたほうがまだましだろう。国家における財務の視点とか、国民へのサービスの視点、教育の視点、内部の体制強化などを評価軸とすることだ。企業でも近年は、競争戦略一辺倒ではなく、コミュニティとの調和や共生を掲げ、それもKPIに含める傾向にある。

私が提言したいのは、最適化指針におけるEAについては、もう一層「JA」すなわち法制度体系(Jurisdiction Architecture)を加える必要がある点である。

JAは、議会を中心に政治主導で行うべきものだ。まずは、政治主導で法制度体系が形作られ、それを概念モデルとして、業務体系への展開からシステムの実装へと落とし込んでいく。具体的なBAができればデータ体系(DA)も自ずと決まる。下の4層は行政主導で進めるとよいだろう。行政は法律で決められたことだけをしっかりとやるべきであり、裁量行政の範囲が広すぎることは決してよいことではない。これは法治国家として当然のことだと思う。国民IDの導入も正しいアプローチだが、あくまでBPRが重要である。

政府CIOが新たに任命されたが、これもよいことだ。ただ、あれもこれも政府CIOに求めるのは適切ではない。新産業の創出などはスコープが広すぎて、CIO一人ではきちんとフォローできないかもしれない。何よりも、行政機関のガバナンスを確立・向上することこそが、政府CIOの目下の役割といえるだろう。

以上

(まとめ/構成・合同会社エクリュ 柏崎吉一)

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